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シンガポールの日本酒市場を深耕するための一考察

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日本酒の日に『SJ50 KANPAI!! SAKE DAY』がタワークラブで、
島内の飲食店でも一斉乾杯のイベント開催(2016年10月1日)
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シンガポールの日本酒市場を深耕するための一考

11月の第3木曜日に赤ワインの新酒「ボージョレ・ヌーボー」が解禁されることは有名であるが、日本酒でも早いものでは11月に新酒が絞られることはあまり知られていない。これらの新酒は10月より醸造が開始され、古くから10月1日は「酒造元旦」として祝われていた。その経緯もあり現在では10月1日は日本酒造中央会によって「日本酒の日」と定められている。

 

10月はシンガポールにおいても日本酒をテーマに複数のイベントが開催された。1日にはAsiaXを発行するメディアジャパン社の共催により「日本酒の日」を島内8ヵ所において乾杯で祝った。また27日から29日まで開催された「Food Japan 2016」の一部では20を超える蔵元が約60種類の日本酒の展示・商談を行った。28日には日本名門酒会が「Sake Appreciation Singapore 2016」という試飲会を開催し、いずれの会場も日本酒に関心を持つ多数の来場者で賑わいを見せた。
本稿では、シンガポールにおける日本酒の市場概況を俯瞰し、市場拡大に向けて解決すべき課題を洗い出したうえで、その方策について考察していきたい。

 

シンガポールは日本酒の潜在成長国
高価格帯の日本酒が市場を牽引

まず日本国内における日本酒市場の概況を整理しておく。図1に示す通り、2001年から2014年において日本酒を製造する企業数は27%の減少(毎年約40社が廃業するペース)、販売数量は40%も減少するなど市場は低迷を続けている。対照的に右肩上がりの成長を見せているのが海外市場であり、昨今では官民を挙げて海外への輸出拡大に活路を見出している。図2から明らかな通り、日本から海外への酒類の輸出は過去5年の間に年間平均で約20%の成長を遂げている。中でも日本酒(清酒)は輸出金額が2015年に約140億円と輸出総額の36%を占めており、名実ともに日本を代表する国酒であると言える。また、ウイスキーと同様に、日本酒の金額ベースの成長率(12.4%)は、数量ベースの成長率(6.7%)を上回っていることから、高価格帯の日本酒の輸出が伸びている傾向が読み取れる。

 

次にシンガポールに向けた輸出状況を見てみる。国税庁のデータによると、酒類全体の輸出金額、輸出数量の過去5年間の平均成長率はそれぞれ15.5%、4.7%となっており、日本からの酒類全体の輸出の過去5年間の平均成長率(図2を参照)を下回っていることから、シンガポール向けの輸出が突出して成長している訳ではないことが分かる。ただ、日本酒に限定してみると、図3に示す通り、過去3年間におけるシンガポール向け輸出金額の平均成長率(17.2%)は、同期間における日本からの日本酒の輸出金額の平均成長率(15.4%)を上回っていることから、より高価格帯の商品がシンガポールへの輸出を牽引している実態が読み取れる。

 

また、2015年は日本からの酒類の輸出総額の36%を日本酒が占めているのは前述の通りだが、シンガポールへの輸出においては日本酒のシェアは26%にとどまっており、36%のシェアを占めるウイスキーに水を開けられている点は特筆しておきたい。

 


市場開拓に向けては課題も表面化
消費者目線の売場づくりが不可欠

さて、今後も成長が見込まれるシンガポールの日本酒市場であるが、実現に向けては解決すべき課題も存在する。以下では筆者が一消費者としてシンガポールの小売現場で目にする現状を基に課題を2点ほど挙げ、解決の糸口を探っていきたい。

 

1点目は、商品のターゲット顧客層が不明または品揃えと来店客層との間にミスマッチが存在している点である。具体例を挙げてみたい。シンガポール随一の繁華街であるオーチャードのスコッツスクエアに入居するFairPrice Finestは、近隣ホテルの宿泊客やコンドミニアムの居住者を主な来店客層とし、日本人の買い物客も訪れる現地系の高級スーパーであるが、日本酒の売場に関しては目を覆いたくなるような状況である。と言うのも、商品の棚割りは「アジア」のお酒で一括りにされており、日本酒は梅酒や焼酎、韓国焼酎(ソジュ)などと肩を並べて陳列されている。そのため選びやすく買いやすい売場からはほど遠く、また商品数は低価格帯を中心に15点にとどまるなど、来店客への訴求力を著しく欠いている。その向かいには日本酒を豊富に揃え、角打ちバーまで構える伊勢丹スコッツ店がある環境下において、FairPrice Finestは日本酒への親しみが比較的高い客層が来店する立地特性を活かして売場構成と品揃えを抜本的に見直すことで、売上機会を拡大することができると考える。

 

2点目は、店頭における商品の説明や陳列などの演出(ビジュアルマーチャンダイジング)が不十分な点である。具体例として、商品に貼付された日本語表記のラベルだけでは現地の消費者が日本酒か焼酎かの区別をすることすら困難であることに加え、裏面に貼られた英語表記のラベルにさえ商品の区別に資する情報が記載されていない事例や、英語表記のラベルさえ貼付されていない事例も散見される。またオーチャードの某日系小売店では、720ミリリットルで1本1,200Sドル(約9万円)を超える高額の商品であるにも関わらず、味や香りの特性などが一切紹介されることなく冷蔵ケースに陳列され、店員ですら商品の特徴を十分に説明できない事例が存在するなど、消費者の購買体験をないがしろにしている印象が拭えない。店頭でいかなる情報を提供し、どのような方法で商品を陳列することが消費者の購買意欲を刺激することにつながるのか、消費者目線で改めて考え抜く必要がある。

 

多様化する現地消費者の嗜好とニーズ
消費者の属性を反映した販促が必要

ここまでシンガポールにおける日本酒の潜在性および市場開拓を進めていくうえでの課題を述べてきたが、最後に日本酒を販売する側が検討すべき施策として消費者の属性に応じた販促の必要性を述べて本稿の結びとしたい。

 

図4は「日本酒への親しみ(横軸)」と「経済力(縦軸)」の度合を軸に、シンガポールにおける日本酒の消費者像を便宜的に4つのセグメントに分類して例示している。①は日本酒に対する造詣が深く、また常に高品質かつ希少な商品への関心が高いことから、シンガポールでは入手が困難な商品の独自ルートでの提供や、酒蔵へのプライベートツアーの開催などが効果的と考える。②は普及価格帯の日本酒を嗜む習慣はあるものの、商品の情報不足が理由で新たな銘柄にトライする機会に乏しいことから、味や香りの特性や蔵元の想いなど商品情報の効果的な発信が消費拡大につながると考える。③は日本酒に馴染みは薄いが、和食も含めて高級レストランで日常的に食事をするため、親和性の高い食材とのマリアージュによる日本酒の飲み方の積極的な提案が新たな需要を喚起すると考える。④は日本酒への関心は低いものの、和食も含めたクールジャパンに対する興味は高いことから、スーパーの日本食材コーナーにおける試飲や関連商品としての売り込み(クロスセル)が新たな需要を創出していくと考える。

 

 

これまでのシンガポールの日本酒市場は、蔵元が醸造した日本酒をディストリビューターが横並びに販売する「作り手ありき」の販促が主流であった感が否めない。今後は多様化する現地消費者の嗜好やニーズといった市場の声を把握し、知恵をしぼって「顧客ありき」の販促施策を打ち出していくことが、市場を深耕していくうえで不可欠と考える。