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星・見聞録

2014年12月1日

シンガポールの鉄道

シンガポール島内の公共交通を支える屋台骨、鉄道。
現在運行されている都市鉄道は、MRT(Mass Rapid Transit)5路線(部分開通のダウンタウン線を含む)とLRT(Light Rail Transit)3路線。これに加えて、今、多数の新路線や延伸計画がすすめられている。新路線などがすべて開業される2030年には、シンガポールの鉄道の総延長は現在の倍の360kmになり、現在の東京の地下鉄総延長を超える見込みになっている。

 

30年足らずで急成長したMRT・LRT

シンガポールのMRTの歴史はまだ浅く、開業は1987年11月。初めの運行区間は、南北線のヨーチューカン〜トアパヨだけだったが、開業3週間で100万人の乗客数を記録した。その後、同じ年の12月に東西線が開業した。

 

1965年のシンガポール独立直後から、鉄道の導入計画は度々議論の俎上に乗せられた。当時の都市交通の主役はバスで、深刻な渋滞などから度々遅れ、スムーズな通勤・通学の手段が国民から求められるようになっていた。しかし一方で、当時は住宅建設需要が急増したことによる建設労働者不足や、多額の費用ねん出が難しいなどの事情もあり、政府内からも鉄道の導入に反対する意見が提示されていた。激しい論戦が繰り広げられる中、1981年には調査結果を基に、鉄道導入の必要性が公式に提示され、1982年には現在のMRTを核とする鉄道計画が決定された。2013年のMRTとLRTの平均乗客者数は276万人となる急成長を遂げ、約360万人のバスを追い上げている。

 

 

なお、MRTとはMass Rapid Transit(大量高速輸送)の頭文字で、都市圏内で踏切などの妨げなく、旅客の大量輸送を高速で行う鉄道という概念を表している。シンガポール以外にも、台湾やインドなどでこの呼び名が使用されている。加えて、1999年には1〜2両編成のLRTが導入されブキ・パンジャン線が開業。現在はセンカン、ポンゴールを加えた3つのLRT路線も導入され住宅街の足を支える。MRTの運営会社は、南北線・東西線・サークル線がSMRTトレインズ、北東線とダウンタウン線がSBSトランジット。LRTはブキ・パンジャン線をSMRTライトレール、センカン、ポンゴール線をSBSトランジットが運営する。また、それらをシンガポール陸運庁(LTA)が統括している。

 

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MRT新線の不動産販売順調

不動産市況に詳しい、パシフィック不動産の木村登志郎CEOによると、地下鉄の新線建設は、コンドミニアムなどの特に売買価格にすでに影響を与え始めているという。全般的に不動産の売買価格は政府の調整などもあって停滞状況にあるが、新駅予定地近くの不動産販売は好調。例えば、今までも眺望の良さなどから人気があったものの、近くに鉄道駅がないことが難点とされていた東海岸沿いの「マリンパレード周辺の住宅などは人気が盛り返すのではないでしょうか」としている。また、ダウンタウン線の駅ができるスティーブンスロード周辺、シンガポール~クアラルンプール間の高速鉄道の候補地の1つとみられているジュロン・イースト駅周辺なども人気があり、建設も活発化しているという。

 

 

日系企業も参画

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新線の車両や建設などには多数の日系企業の技術が使われている。

川崎重工は今年、中国の「南車青島四方機車車両股份有限公司」(南車四方)と共同で、LTAから地下鉄91編成分(4両編成)のトムソン・イーストコースト線向けの車両を受注した。金額は7億4,900万Sドル(約600億円)で2018年~2021年に納入されるという。

同社は開業当初の1986年~2013年に678両を納入、さらに2016年までに204両を納入予定という。シンガポールでは現在も同社の車両が多数使われている。

今回受注した車両は最新の情報システムを搭載した無人自動運転で、シンガポールで初となる5ドアのもの。無人自動運転は現在、北東線やサークル線、ダウンタウン線でもすでに行われている。

 

スクリーンショット 2015-07-01 17.05.58一方、2014年7月に全工区の施工業者が決まり、建設工事が始まったトムソン線部分では、日本の五洋建設、西松建設、大成建設、佐藤工業、清水建設が駅舎やトンネル工事などを受注している。五洋建設はオーチャード、ウッドランズ・ノース、ブライトヒル、シン・ミン駅舎や関連するトンネルなどの施設、西松建設は、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ駅舎と周辺トンネルなど、大成建設はマリーナ・ベイ駅舎と周辺トンネルなど、佐藤工業がアッパー・トムソン駅と周辺トンネルなど、清水建設がスプリングリーフ周辺のトンネルを建設する予定。これらの企業はそれぞれダウンタウン線やサークル線でも建設実績がある。また、加えて難易度の高い地盤で地下トンネルの掘削工事を進めるために、トムソン線やダウンタウン線の工事には川崎重工のシールド掘進機が使われている。

 

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2030年に向けた新開業・延伸計画

 

ダウンタウン線

5番目のMRT路線。34駅、全長42kmのすべてが地下。ステージに1〜3に分割し、順に開業する計画で、シティエリアは既に運行。全線開業は2017年の予定。東部は東西線よりも北を走る。

【ステージ1】シティ:ブギス〜チャイナタウンの6駅、4.3km、2013年12月22日開業
【ステージ2】北西のブキティマエリア:ブキ・パンジャン〜ロチョーの12駅、16.6km、2016年第1四半期開業予定
【ステージ3】東エリア:フォートカニング〜エキスポの16駅、21km、2017年開業予定
【延伸】トムソン・イーストコースト線と接続:シリン〜スンガイ・べドックの2駅、2024年開業予定

 

トムソン・イーストコースト線

6番目のMRT路線。31駅、全長43kmの地下鉄で、全線開業は2024年の予定。当初はトムソン線とイーストコースト(東部地域)線として、別々に計画されていたが、統合された。土地の有効活用のため、東端に220車両を収容できる世界初の複層鉄道車庫(地上2階、地下1階)も建設する。イーストコースト線部分は現在の東西線よりも南の、海沿いを走る路線となる。

 

【トムソン線1】北端エリア:ウッドランズ・ノース〜ウッドランズ・サウスの3駅、2019年開業予定
【トムソン線2】アッパー・トムソンロード界隈:スプリングリーフ〜カルデコットの6駅、2020年開業予定
【トムソン線3】オーチャード経由マリーナ地区へ:マウントプレザント〜ガーデンズ・バイ・ザ・ベイの13駅、2021年開業予定
【イーストコースト線】カラン川を越え東へ:タンジョンルー〜ベイショア 2023〜2024年開業予定
ベドックサウス〜スンゲイベドック 2024年開業予定

 

 

東西線トゥアス・ウェスト延伸

東西線の西端のジュー・クーン駅から西へ約7.5km延伸。ガル・サークル〜トゥアス・リンクの4駅を新設し、2016年開業予定。現在、バスでトゥアス工業地帯に通う人々の足となる。

 

クロスアイランド線

島の中央部を東西に横断する、約50kmの構想。クレメンティからアンモキオを経由し、チャンギまでを結ぶ。2030年完成予定。完成すれば、東西線に次ぐ長距離MRT路線になる見込み。

 

ジュロンリージョン線

ジュロン地域を結ぶ、約20kmの構想。チョアチューカンとブーンレイなどを結ぶ計画で、2025年完成予定。

 

MRT新線で2030年シンガポールはどうなる?

現在進められているMRT延伸や新線建設プロジェクトは2030年のシンガポールをどのように変えるのか。シンガポール陸運庁(LTA)の広報官に話を伺った。

 

MRTの延伸や新線などはどのように決定されましたか?

MRTの新線や駅を決めるにあたっては、人口や商業施設などの密集地域に駅が設置されることを念頭に置いています。現在・未来の都市計画、住民のアクセスのしやすさ、建設工事の実現可能性、輸送時間、安全性などを含む、多角的な視野から考慮して決めています。

 

現在のダウンタウン線、トムソン線の建設プロジェクトで最も難易度が高い点は?

両線共に、それぞれの難しさがあり、建設チームは非常に難しい工事を強いられました。その難易度は、駅位置の深さや、土壌のコンディション、現場の複雑さや環境などの要因の数によって左右されます。例えば、ダウンタウンライン線ステージ2に関して言うと、ブキ・パンジャン新駅の建設では、杭打ち工事に非常に時間がかかりました。駅付近のウッドランズ・ロード沿いには、多様な物質による混合土壌と浅い岩石の層が存在するからです。また、ダウンタウンライン線ステージ3では、フォートカニング新駅とトンネルを建設するため、シンガポール川の流れを迂回させる工事が必要になりました。固い地盤も、トンネル工事が難しくなった原因です。

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LTAは現在、巡回展示『Rail Story』も実施されていますね。

スクリーンショット 2015-07-01 17.06.16シンガポールの鉄道網がどのように整備されてきたかを皆さんに見ていただきたいとの狙いで、LTAはこの展示を始めました。現在、駅などの大規模な建設工事が行われていることについて理解を得るためです。展示では、来場者は鉄道システムの背景にある技術について知ることができるでしょう。重さ約50トンのトンネル採掘の機械の模型(写真)なども展示されています。延伸の概要が分かるタッチパネルなども設置されていて、未来の駅がどのような姿になるかも知ることができます。

 

巡回展示『Rail Story』
2014年中に3ヵ所を巡回し、2015年1月13〜18日にカトン112で開催される。その後は図書館などで展示予定。

 

鉄道の延伸と新線で、シンガポールの生活はどのように変化しますか?

既存線の延伸、そして新線の建設によって、2030年には非常に網羅的なネットワークが完成すると考えています。鉄道ネットワークは現在の182kmから、360kmにまでおよそ倍に延びます。多くの家庭が鉄道ネットワークで結ばれるでしょう。10世帯のうち8世帯が駅まで徒歩10分圏内に入ります。今以上に列車の接続が良くなり、移動時間の短縮が望めるでしょう。

 


【INTERVIEW】MRTが取り入れる新しい省エネ技術

スクリーンショット 2015-07-01 17.06.22シンガポールの鉄道は新しい技術を取り入れ、進化を続けている。東芝とSMRTのエンジニアリング子会社、シンガポール・レイル・エンジニアリング(SRE)は今年10月に合弁会社「レイルライズ(Railise)」を設立。省エネルギー化などが期待できる永久磁石同期モーター(PMSM/Permanent Magnet Synchronous Motor)を核とした車両用の駆動システムをシンガポール国内外で販売するという。東芝(Toshiba Asia Pacific Pte Ltd)の鉄道システム部門、アシスタントゼネラルマネージャーの中川大介さんに事業について伺った。

 

―PMSMとは何ですか?
スクリーンショット 2015-07-01 17.06.25車両を走らせるためのモーターですが、回転子に永久磁石を使っておりエネルギー効率の高さが特長です。PMSMを使うと消費電力が削減できる、メンテナンスが減らせる、騒音が低減できるという利点があります。日本では、東京メトロ千代田線、丸ノ内線、銀座線、東西線で使用されています。

 

 

―どのように活用されるのでしょうか?

昨年7月、まず南北線などを運行するSMRT社から、既存の車両の駆動システムの更新のために、396両分のPMSMシステムを受注しました。南北線(赤ライン)と東西線(緑ライン)の、1987年当時から使われているC151系と呼ばれる車両に搭載される予定です。今、古いモーターからPMSMへの付け替え作業をまさにしているところで、来年にはテスト車両を走らせる予定です。付け替えによって、従来の消費電力を約30%減らせます。

 

―なぜ更新が必要なのですか?

シンガポールで現在使用される車両は、開業以来30年近く走っているものも多く、かなり古くなってきたからです。モーターの入れ替えをすることによって、スクラップして新しい車両を購入するのではなく、寿命が伸びた車両を使用し続けることができます。これは大幅なコストダウンなりますし、その更新に合わせて、省エネ効果が期待できるモーターに入れ替えているのです。

 

―受注から合弁会社設立になぜ至ったのでしょうか?

SREからアプローチがあったのがきっかけです。我々電機メーカーは、これまでパーツの供給会社として車両メーカーから発注を受けるというのが一般的でしたから、珍しい組み合わせだと思います。SMRT社は、モーリシャスのLRT(ライト・レール・トランジット)整備の技術アドバイザーや、中国、インドでのコンサルティング活動なども手掛けて国際展開を広げています。その展開に、我々の技術力を必要としてくれたのだと考えています。実は鉄道用のPMSMには目立った競合会社はないのです。と言うのも、乗客の命を預かる鉄道は安全第一、つまり市場実績が重要です。日本でこれだけ多くの市場実績があるPMSMを製造しているのは東芝だけですから。我々にとっても、鉄道会社同士の横のつながりを利用して、さらなる国際展開を進めていければ良いと考えています。

 

―レイルライズとしてはどのような展開を考えていますか?

10月に設立したばかりですが、まずはPMSMシステムによるシンガポール国内の車両更新案件を成功させ、その後、国際展開していくことを考えています。電気代が高い国も多いので、鉄道事業者のコストダウンに繋がる提案を行っていきます。まず省エネ需要の高い先進国、シンガポール同様に30年前後と長く使用されている車両が多く走っている国、などが車両更新提案の主要なターゲットになると思います。

 

―シンガポールの鉄道に対する考え方についてどう感じますか?

シンガポールは、省エネに敏感で技術をちゃんと評価してくれる国。そういう印象があり、日本以外で初の営業先として最適だと考えたのですが、昨年の受注に至ったことや今年の合弁会社設立でやはり狙いは間違っていなかったと思いましたね。シンガポールの政府や企業が長期的な鉄道運行計画を立てているからこそ、成立したのだと思います。そして、毎日これだけ多くの人をMRTの無人運転で運んでいるのは、非常に高い技術を使いこなしているからこそだと思います。

 

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.270(2012年12月01日発行)」に掲載されたものです。
取材・写真 : 石澤 由梨子

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