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熱帯綺羅

2018年3月26日

人のつながりの創生へ マレー鉄道の歴史と未来

マレー鉄道のかつての終点、ケッペルロード沿いにあるタンジョン・パガー駅。2011年の廃線後も祝日には駅舎の一般開放が行われていたものの、2016年12月25日を最後に改築工事に入りました。筆者は幸運にも、2009年にこの駅からジョホール・バルまで鉄道旅を経験したことがあります。駅舎は初めて訪れた人にもなぜか懐かしさを感じさせ、ソンコ(イスラム帽子)をかぶったマレー系の老人が待合椅子で眠り込む姿、食堂でピサンゴレン(バナナフリッター)をほおばる大家族の子どもの笑顔が、今でも目に焼きついています。あれから9年振りに駅舎を訪れると、かつての賑わいはすっかり消え、眠りについたかのような駅舎の周りで、工事作業員がただ行き来していました。

 

旧マレー鉄道線路。過去から未来へと夢をつなぐ。(写真提供: Urban Redevelopment Authority)

 

両国をつないだ79年の歴史

 マレー鉄道運行前、シンガポールからマレーシアへの移動手段はクランジからジョホール・バルまでの蒸気フェリーのみ。それが、両国間に土手道が建設、鉄道が敷設されたことにより、ウッドランズを経由してジョホール・バルまで、さらにクアラルンプールを越えてタイのハジャイまで北上する鉄道(ウエスト・コースト線)のシンガポール唯一の旅客取扱駅として、英統治下の1932年に開業しました。駅の開業当時はバー、ヘアサロン、レストランやホテルも備わった複合コミュニティ施設だったとか。シンガポールにありながら、シンガポール独立後もマレーシア鉄道公社の管轄として運営されたものの、入国手続きの煩雑さを理由にタンジョン・パガー~ウッドランズ間の国内路線が2011年に廃止され、線路跡の敷地も含めた土地がマレーシア政府からシンガポールに返還されました。それに伴い、シンガポール最南端の駅はウッドランズ・チェックポイントとなり、タンジョン・パガー駅は79年の歴史に幕を閉じ、国から記念建造物に指定されました。

 

閉鎖・廃線前のタンジョン・パガー駅、普段の光景。中国建築で使われるタイルやマレーシアの産業を表した壁画などローカル文化的要素も。 (写真提供: Mr. Eddy Lee Kam Pang)
2009年ジョホール・バルまでの鉄道旅。眠り込む乗客、のどかな風景、手を振る機関士が印象的。

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