AsiaX

“シニアマネージャー”の肩書きに潜む現実。広がる「肩書きインフレ」の実態

 求人票には「シニアマネージャー」とあった。だが、実際に任されたのは会議録作成やメール配信などの雑務だった――。ナンヤン工科大学卒のメイさん(仮名・32)は2024年、社会クラブの運営兼マーケティング責任者として採用されたが、月給4,200Sドルという待遇は肩書きに見合わず、実態は初級職に近いものだったという。
 
 彼女の職場では20代後半の同僚が「COO(最高執行責任者)」、新人が「マネージャー」と呼ばれており、「肩書きが実態を伴わない“タイトル・インフレ”が起きている」と感じたメイさんは、数ヵ月後に退職した。
 
 こうした「肩書きインフレ」は、企業が経費削減や離職防止の手段として、給与や業務内容を変えずに“見栄えの良い肩書き”を与える傾向を指す。求人サイトJobStreetによると、2024年上半期から2025年上半期にかけて「リード」職は38%、「マネージャー」職は3%増加。人材会社ロバート・ウォルターズ・シンガポールの分析でも、経験2年程度の若手向け「マネージャー」「ディレクター」職が前年より24%増えた。
 
 専門家は背景にAI導入や組織再編もあると指摘する。JobStreetのサマンサ・タン氏は「新たなテック系“ニューカラー職”への需要が増え、専門スキル重視の肩書きが増えている可能性もある」と述べる。一方、ランスタッド・シンガポールのリム・チャイレン氏は「AIによる業務自動化で初級職が減り、専門性を示す肩書きが増えている」と説明した。
 
 しかし過剰な肩書きは、職務範囲の不明確化や職場内の不満、若手リーダー不足を招く「リーダーシップの詰まり」を引き起こすと警鐘を鳴らす声もある。ロバート・ウォルターズのエリス・トック氏は「“マネージャー”や“ディレクター”の価値が薄まり、役職の信頼性が損なわれる」と指摘する。
 
 シンガポール経営大学のポール・リム博士は「肩書きにふさわしい実力を示せば悪いことではない」としつつも、「重要なのは肩書きよりもスキルと成果だ」と語る。
 
 求職者にとっては、肩書きに惑わされず、面接時に業務範囲・直属部下数・報酬体系などを具体的に確認することが重要だ。メイさんは最後にこう振り返る。
 
 「大切なのはタイトルではなく、人の中身、経験、そして実力です。」