AsiaX

シンガポールに広がる「ダークツーリズム」の魅力

 かつて病院や軍施設として使われた建物にまつわる怪談や都市伝説を巡る「ダークツーリズム」が、シンガポールで注目を集めている。旧チャンギ病院は最も有名な心霊スポットとされ、廃墟化後に数々の怪異談が語られてきた。近隣のバンガローでの怪談体験談なども、ウォーキングツアー「Walk with Hantu: Changi」で紹介され、参加者を震え上がらせた。
 
 ダークツーリズムとは、死や災害、悲劇に関連する場所を訪れる旅行形態であり、近年世界的に拡大している。市場規模は2025年に約418億Sドルに達すると予測されている。シンガポールでは、フォートカニング、クランジ戦没者慰霊碑、チャンギ礼拝堂・博物館などが代表的な関連地である。地元では博物館や旅行会社が主催する小規模ツアーが盛況で、価格は2〜3時間で40〜90Sドル程度とされる。
 
 人気の背景には、単なる歴史解説よりも「幽霊話」が人々の想像力を刺激する点がある。地元劇作家でガイドの故ジョナサン・リム氏は「幽霊が物語に味を添え、歴史が重みを与える」と述べ、恐怖と好奇心の境界に成立するのがこの観光だと説明した。
 
 一方で、倫理的課題も存在する。悲劇の現場を軽んじる態度や過度な演出は「人間の苦難の商品化」との批判を招く。研究者や運営者は「敬意ある関わり」を重視し、誤解やセンセーショナリズムを避ける努力が求められている。廃墟活用や保存の是非も議論されており、旧チャンギ病院は未だ保全指定を受けていない。
 
 恐怖と歴史の狭間で、シンガポールの「闇の観光」は今後も人々の関心を引き続けるとみられる。