本書は当時のシンガポール植物園副園長に就任していた英国人科学者による回想録。舞台はシンガポール。1942年の日本軍によるシンガポール占領直後から始まる。戦争の混乱の下でヴィクトリア女王時代以来の歴史を持つ博物館と植物園は離散、椋奪、閉館の危機に瀕していた。日英の科学者が国境を越え、博物館と植物園を戦火から守り、研究活動を続けたエピソードが著者の目を通して綴られていく。日本軍による圧制の中、学問に対する信念を貫き通そうとする彼らの姿勢はとても高潔で、読むうちに自然と頭が下がる。一転して徳川義親公爵が「虎狩りの殿様」と呼ばれる人物であったり、田中館秀三教授の経歴がほとんどでまかせだったというエピソードはユーモラスだ。
このような人間ドラマを描く一方、軍政下におかれた町の様子を、著者の見たまま忠実に紹介され、当時の様子を伺う歴史資料としての性格も持っており、読み応えがある。在星者必読とも言うべき本書、繰り返しになるがアジア紀伊國屋書店のみでしか入手できないタイトル。ぜひ滞在中にお求めあれ。
中公新書