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人のつながりの創生へ マレー鉄道の歴史と未来

マレー鉄道のかつての終点、ケッペルロード沿いにあるタンジョン・パガー駅。2011年の廃線後も祝日には駅舎の一般開放が行われていたものの、2016年12月25日を最後に改築工事に入りました。筆者は幸運にも、2009年にこの駅からジョホール・バルまで鉄道旅を経験したことがあります。駅舎は初めて訪れた人にもなぜか懐かしさを感じさせ、ソンコ(イスラム帽子)をかぶったマレー系の老人が待合椅子で眠り込む姿、食堂でピサンゴレン(バナナフリッター)をほおばる大家族の子どもの笑顔が、今でも目に焼きついています。あれから9年振りに駅舎を訪れると、かつての賑わいはすっかり消え、眠りについたかのような駅舎の周りで、工事作業員がただ行き来していました。

 

旧マレー鉄道線路。過去から未来へと夢をつなぐ。(写真提供: Urban Redevelopment Authority)

 

両国をつないだ79年の歴史

 マレー鉄道運行前、シンガポールからマレーシアへの移動手段はクランジからジョホール・バルまでの蒸気フェリーのみ。それが、両国間に土手道が建設、鉄道が敷設されたことにより、ウッドランズを経由してジョホール・バルまで、さらにクアラルンプールを越えてタイのハジャイまで北上する鉄道(ウエスト・コースト線)のシンガポール唯一の旅客取扱駅として、英統治下の1932年に開業しました。駅の開業当時はバー、ヘアサロン、レストランやホテルも備わった複合コミュニティ施設だったとか。シンガポールにありながら、シンガポール独立後もマレーシア鉄道公社の管轄として運営されたものの、入国手続きの煩雑さを理由にタンジョン・パガー~ウッドランズ間の国内路線が2011年に廃止され、線路跡の敷地も含めた土地がマレーシア政府からシンガポールに返還されました。それに伴い、シンガポール最南端の駅はウッドランズ・チェックポイントとなり、タンジョン・パガー駅は79年の歴史に幕を閉じ、国から記念建造物に指定されました。

 

閉鎖・廃線前のタンジョン・パガー駅、普段の光景。中国建築で使われるタイルやマレーシアの産業を表した壁画などローカル文化的要素も。 (写真提供: Mr. Eddy Lee Kam Pang)
2009年ジョホール・バルまでの鉄道旅。眠り込む乗客、のどかな風景、手を振る機関士が印象的。

最後の一般開放で30,000人が旧駅に別れ

廃線後も駅舎やプラットフォーム、線路の一部が残されたタンジョン・パガー駅。2015年から祝日のたびにシンガポール国土庁主催で一般開放されてきましたが、再利用のための改築計画発表に伴い2016年12月25日が最後の一般開放日となりました。『Shin Min Daily News(新明日報)』によると30,000人がタンジョン・パガー駅に別れを告げに訪れ、この日はライブコンサート、バルーンアーティスト、ポップアップマーケット、無数の電灯を線路に灯した装飾と、盛りだくさんの一日となりました。飛行機より安く、バスよりも安全なマレーシアへの交通手段が、この鉄道でした。観光客や鉄道ファンだけでなく、子供の頃から鉄道に親しんできたローカルの人々にとって、思い出が交錯する感傷的な一日となったことでしょう。廃線後、一般開放だけでなくファッションショー、写真展やテレビドラマの舞台などにも同駅が利用され、多くの人が行き交う場所でしたが、工事終了まで駅の中を見ることは、できなくなったのです。

 

2016年12月25日、最後の一般開放日に線路で別れを惜しむ人々。(写真提供: Singapore Land Authority)

現在のタンジョン・パガー駅。現在は駅構内には入れない。アールデコ建築様式で高さ22メートルの優美なアーチ型天井が有名。

 

旧駅と鉄道跡はコミュニティをつなぐ存在に

 79年の歴史を終えた、タンジョン・パガー駅と旧マレー鉄道の跡地ー。都市再開発庁の発表によると、サークルラインの新カントンメント駅がつくられ、多目的コミュニティ・スペースとして再利用されることになりました。鉄道ギャラリー、展示スペース、講堂やカフェなどアートクラブ的要素を含んだ施設が予定されています。建物の保存についても、シンガポール政府は“プラットフォームの天蓋は、建築、歴史的、社会的意義が深い記念建造物として、旧鉄道の歴史や思い出において重要な存在。天蓋構造は解体保存され、新駅開設時に完全に復元する”と発表しています。また、旧マレー鉄道跡地に関しては、2015年春に開催された国際コンペティションのマスタープラン部門でシンガポールの『ティエラ・デザイン』と、日本の『日建設計』による「LINESOFLIFE(ラインズ・オブ・ライフ)」が優勝。東西を分断する24キロメートルの旧鉄道跡の周辺にある、異なる生活形態のコミュニティがパブリックスペースを通してつながるコンセプトで、プラットフォームなど21ポイントはジョギングの休憩施設などに再利用されることで、思い出が継承されていきます。サイクリング用道路、展望デッキなどアクティビティステーションも設置されるそうです。旧駅が昔コミュニティ・スペースとして人々をつないだように、新駅とマレー鉄道跡も“人のつながりの創生”という役割を持って生き続けることでしょう。

 

「レールコリドー国際設計コンペティション」マスタープラン優勝の『LINES OF LIFE』は122ヵ所の自然豊かなアクセスポイントに人々が集う。 (写真提供: 日建設計)

旧タンジョン・パガー駅改築後の新カントンメント駅、イメージ図。(写真提供: Urban Redevelopment Authority)