2017年7月26日
作家の感情に触れ、自分ごととして捉える。アートから歴史を学ぶ「ナショナル・ギャラリー・シンガポール」
歴史的建造物を保存するために
飛び出した大胆発想
ナショナル・ギャラリー・シンガポールで忘れてはならないのは、建物自体にも歴史が刻まれているということ。とはいえ、建物の話をする前に、まずはシンガポールの文化政策について触れておきましょう。
経済開発を優先してきたため、「文化の砂漠」と揶揄されることすらあったシンガポールが文化政策に乗り出したのは、1989年のこと。文化芸術評議会のレポートに基づき、初めて長期計画が策定され、1991年からインフラの整備が始まりました。同ギャラリーの構想が発表されたのは、2005年。注目を集めたのは、旧市庁舎と旧最高裁判所、並んで建つこの2つの建物を利用するという点でした。
1929年に竣工した旧市庁舎は、シンガポールの独立宣言がなされた場所(日本軍が降伏調印式を行った場でもあります)。また1939年に竣工した旧最高裁判所は、コリント式円柱を用いたイギリス統治時代の名建築。ともにシンガポール国民にとって馴染みの深い建物ゆえ、取り壊しは避けたい……。ホテル案なども浮上したそうですが、舞台芸術の拠点であるエスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイと双璧を成す、ビジュアルアートに特化した、アートとカルチャーの拠点を創設することに。
構想発表から10年をかけて完成したこのギャラリーは、2棟を繋げた造りの大胆さで話題を呼びました。3階、4階同士に橋を渡し、建物間にあった駐車場スペースを掘り下げ、地下も合体。この掘削作業の際、建物が崩れぬよう、建物を吊って支えながら作業を行ったのだそう。ところどころリノベーションは施したものの、天井や柱などはなるべくもとのままを生かした設計に。こうして保たれた旧最高裁判所建物ロビーには、1937年に埋められたタイムカプセルが今も眠っています。掘り出すのは西暦3000年。あと950年以上、この建物は国民の心に寄り添い続けていくのです。


この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.324(2017年8月1日発行)」に掲載されたものです。取材・写真: 豊倉 亜矢子