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チャイナタウンの名所 「新加坡佛牙寺龍牙院」

ミャンマーで発見された釈迦の歯とされるものを祀るため、2007年にチャイナタウン中心部に建設された「新加坡佛牙寺龍牙院(BTRTM: Buddha Tooth Relic Temple and Museum)」。MRTダウンタウン・東北線のチャイナタウン駅から南へおよそ10分歩くと、目の前にその巨大な建物が現れます。「佛牙寺」と呼ばれるこの寺は、寄付やシンガポール政府の出資により建設されました。

 

この寺は比較的新しいながら、その荘厳な外観や内部に展示されたきらびやかな仏像、さまざまな展示物などから、観光客向けのシンガポールツアーのコースにも組み込まれるなど名物スポットのひとつに数えられています。また寺の周辺は、近隣に住む人達の憩いの場にもなっています。入場料は無料で、内部には仏教の歴史を伝える博物館もある佛牙寺。今回はその見どころに加え、寺をめぐる意外な歴史にも迫ってみたいと思います。

 

内部に置かれた弥勒菩薩像。読経も定期的に行われている。

 

屋上には世界最大の摩尼車

寺の中に入ると、まず目を引くのが巨大な弥勒菩薩像。祈りを捧げる人が途切れることなく訪れます。また壁には多数の仏像が置かれており、小さなものを含めるとその数は1万体にのぼるそうです。階上には博物館があり、日本でも有名な不動明王像など、アジア各国の仏教にまつわる資料が数多く展示されています。

 

3階には、舎利(仏陀と高僧たちの遺灰など)が祀られており、ご利益があるとされています。そして4階には釈迦の歯とされるものを祀るホールがあります。コインを購入し、名前と願い事を書いて奉納することもできます。

 

さらに屋上には、円筒状の宗教用具である「摩尼車」が置かれており、その大きさは世界最大とのこと。摩尼車の内部には経文が収められており、時計回りに回すと読経をしたのと同じ効果があるとされます。新しい年を迎え、何か縁起のいいものに触れたいと思っている方は、この機会に訪れてみるといいかもしれません。

 

中国の唐王朝時代のデザインを採用したというこの寺、建築にあたっては複数の日本企業が関わっています。建設工事の施工業者は、日本のゼネコンである佐藤工業のシンガポール現地法人が担当し、屋根瓦は奈良県の石野瓦工業が納入しました。瓦の技術は、7世紀の唐王朝の時代に朝鮮半島を経て仏教とともに日本に伝わったとされています。その後中国で瓦の文化が失われる一方、日本では建築文化として定着し、技術的にも発展しました。佛牙寺にも、耐水性などに優れた瓦が採用されています。

壁には多数の仏像が置かれている。
屋上に置かれた摩尼車。多くの観光客で賑わう。

サゴ・レーン「死の家」の歴史

見どころの多い佛牙寺ですが、その建設地には重い歴史があります。このエリアでは、佛牙寺が建設されるはるか前の19世紀から中華系の移民が移り住みチャイナタウンが形成されました。当時やって来た労働者の中には、貧しさのために地元に帰る資金がなく、そこで一生を終える人も多くいたそうです。寺に面したサゴ・レーン付近には、1960年代まで貧しい人達が最期を迎えるための「死の家」があったといいます。

 

佛牙寺の横には、サゴ・レーンの歴史を紹介する看板があり、こう記されています。「シンガポール中華系移民の多くは貧しく、狭い住居に大人数で暮らしていた。そこでは生活するのに十分なスペースさえなく、一人静かに死ぬ場所などは到底なかった。それに加え、『家中に死人が出ると残りの住人に不幸をもたらす』という迷信が信じられており、死の家が出現することとなった。(中略)気味悪がられながらも、死の家はチャイナタウンの社会においてきわめて重要な役割を担った」。

 

死の家が取り壊された後、その場所は長らく空き地だったといいます。チャイナタウン・ヘリテージ・センターの担当者は「こうした建物があった場所に、住居やオフィスを構えるのは縁起が悪いと思われたのかも知れません」と話しています。死の家で亡くなった人の慰霊は佛牙寺を建設した直接の目的ではないものの、建設中には慰霊のためのセレモニーも行われたそうです。

 

チャイナタウンと聞くと、観光スポットとしての面が注目されがちかもしれませんが、佛牙寺について知ることで、現在からは想像できないような歴史の1ページも垣間見ることができます。

寺の横に立つ、サゴ・レーンの歴史を紹介する看板。日本語でも記載されている。