都会の喧騒から少し離れたシンガポール南端に位置する緑溢れるオアシス「ラブラドール自然保護区」。MRTサークル線のラブラドール・パーク駅に直結し、ケッペル湾に面する周囲がおよそ2.1キロの自然公園です。
公園全体を歩いて回るには3時間ほどを要しますが、園内にはいくつかの遊歩道があり、アレクサンドラ庭園遊歩道やベルレイヤーマングローブ遊歩道など1時間以内に回れるトレイルコースは初めて訪れる方でも気軽に楽しめます。ほとんどのコースが平坦で、車いすでもアクセスできる緩やかな道となっていますが、最寄り駅からラブラドール公園へ抜けるコースは多少の高低差があります。また戦跡散策のコースは坂道が続くので、歩き慣れている人向けとなります。
公園全体が自然保護区となっているため、自然散策や戦跡散策をはじめ、バードウォッチングや釣り、バーベキューを楽しみに訪れる人々から、エクササイズ等を日々楽しむ周辺住民にまで幅広く利用されています。
絶滅危惧種の生物が多く存在する自然の宝庫
この自然保護区にはシンガポールの固有種や絶滅危惧植物の約40%が生息しています。熱帯地域を主な生息地とするヒヨドリ、青い毛並とオレンジ色の口ばしが特徴的なブッポウソウなど、岩場やマングローブの河川などにおよそ50種類の動植物、30種類以上の蝶や70種類以上の鳥類が生息しています。
散策中にムクドリモドキやシキチョウのさえずりを耳にしたり、素早く木を登るリスが見られたり、時には2メートル程のオオトカゲに遭遇したりするなど、街では珍しい多種多様な動植物を目にすることができます。
公園を管理する国立公園局(National Parks Board)の広報担当のチュア氏によると、20名程度の人数が集まれば専門家によるガイドの手配が可能とのこと。同氏は「レクチャーを通して我々の生活に必要な資源の価値を理解し、環境や自然保全について関心を高めるきっかけにしてほしい。今後もより多くの人が訪れる場所になるよう願っています」と環境保全への取り組みを普及させたいという思いを伝えてくれました。
イギリス軍が残した砦や大砲などの戦跡も
海浜公園の裏手にある自然保護区内には第二次世界大戦の戦跡があり、戦時中にイギリス軍がこの場所を防衛基地(要塞)として使っていた史実を垣間見ることもできます。
ラブラドール自然保護区の要塞はイギリス軍がシンガポールに保有していた9つの拠点のうちのひとつであり、南岸より侵略しようとする敵国を阻止する目的で作られた経緯があります。1878年に英国軍はケッペル港の西口とシンガポールの領海を防御するため、この公園内にパシル・パンジャン砦を築きました。シロソ砦がセントーサ島側を守り、このパシル・パンジャン砦がシンガポール本島側を守る役割を担っていたのです。
対日本戦においても、日本軍がここから上陸すると想定され、防御地点として海を見渡せる丘の上には6インチの大砲発射台が設置されました。実際に、1942年のシンガポールの戦いでは最後の攻防戦のひとつとなった「パシル・パンジャンの戦い」で支援砲撃を行ったとされています。敷地内には1892年に掘られた砲弾倉庫や地下壕なども当時のまま残されており、これらの遺物はシンガポールにおける戦跡を辿る貴重な道しるべともなるでしょう。「ガーデン・シティ」と称されているシンガポールの素晴らしさは緑溢れる綺麗な街を維持しているだけでなく、自然のなかに歴史的遺物を残し、歴史と自然環境の共存を図っていることにあります。
公園の対岸には石油精製所や化学工場などの工場の建ち並ぶブコム島が目の前に見えます。島の端にある、1990年代まで石油の積み下ろし場所として利用されていた「桟橋」も、今では風情溢れる風景の一部となっています。物流のハブであるシンガポールでは、大きなコンテナを積んだ貨物船が往来する風景はよく見られますが、公園の海岸沿いからは隣のハーバー・フロントに寄港、出港する豪華客船を見る機会もあります。
ラブラドール自然保護区はまた、夕陽の絶景スポットとしても知られています。静寂のなか、気持ちいい潮風を全身に感じながら過ごす黄昏はまさに自然がくれた贅沢なひと時。海岸線にゆっくりと沈む夕日を眺めながら、心と身体をリフレッシュする場として訪れてみるのもいいでしょう。