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シンガポールの歴史とともに成長した 木々を巡る「ツリー・トレイル」

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エスプラナード・パークのセノタフ付近にあるレオパード・ツリー。ラテン語の種名にはferrea(鉄の意)と付くくらい、幹がとても堅い。

シンガポールの暮らしは緑に溢れオアシスのような快適さがあり、都市環境が整っている「ガーデン・シティ」という魅力をアピールすることで、海外からの融資や企業の誘致を得て先進国となるべく、故リー・クアンユー元首相は1960年代から積極的な緑化政策に取り組んできました。その1つに樹木の保護活動や植樹があります。島内各所にある木々には、英国植民地時代の1880年ごろから生育している木やシンガポールがマレーシア連邦から独立した1965年前後に植えられた木、シンガポールの環境下でも生息できる植物を増やすため海外から持ち込まれた木もあれば地域開発によって近年植えられたばかりのものまで、様々な木が存在しています。それぞれの木が持つ歴史や文化的価値をシンガポールの遺産として国民や観光客に知ってもらい、また次世代にも伝えていきたいと、国立公園管理局(National Parks Board、NPB)は2016年3月、観光客が多く集まるシンガポール中心部の木々を巡る遊歩道「シビック・ディストリクト・ツリー・トレイル(Civic District Tree Trail)」を設置しました。

 

日本ではあまり見かけない珍しい木との出会い

同ツリー・トレイルの全行程は約3キロで、指定されたチェックポイントは20ヵ所。約25種、計約35本が対象です。イスタナのメインゲートからスタートし、シンガポール国立博物館、ラッフルズ・ホテル、ナショナル・ギャラリー・シンガポール、エスプラネード・パークなどを経由して、ゴール地点となるアジア文明博物館の裏にある白いラッフルズ卿像へと向かいます。
エスプラナード・パークのセノタフ(戦没者記念碑)付近には2本のかわいらしい木があります。1本は、ブラジル東部を中心に生息する、豹のように幹が白と茶色のまだら模様になったレオパード・ツリー。表面はとてもつるつるしていて触り心地が良く、木の枝は複雑にうねっているのが特徴です。もう1本は南米大陸の北部を中心に生息し、15~20センチほどの大砲のような大きい実が生るキャノンボール・ツリー。取材当日は実になる前のピンク色の花が咲いており、南国特有の香りが漂っていました。
また同パークの向かいにあるセント・アンドリュース大聖堂では、1本の大きなレイン・ツリー(別名:アメリカネムノキ)と出会えます。マメ科のレイン・ツリーはシンガポールの街路で多く見られる木の1つで、夕方暗くなったり、雨が降ったりすると葉が閉じることから、その名で呼ばれています。このレイン・ツリーは幹回りがなんと約8メートルもあり、1880年代から生息しているという樹齢が一目で伝わります。

今回の取材ツアーでガイドを務めてくれた、NPBダイレクターのカルトム・アブドゥル・ラティフさん。シンガポールの植物について29年学んできたという大ベテラン。

人々の記憶に残る木の物語

同ツアーのガイドを務めるカルトム・アブドゥル・ラティフさんは、「木は私たち人間に対し、時に涼しさをもたらし、時に気分を晴らしてくれる、生活する上で欠かせない存在です。だから私たちはシンガポールの木々を次世代に残していくため、木の保護活動や植樹に積極的に力を入れているのです」と熱い想いを語ってくれました。カルトムさんは、近年の保護・植樹活動の中でも思い出深いプロジェクトの1つを話してくれました。エスプラナード・パーク内のリム・ボー・セン(林謀盛)記念塔近くには以前、5本のアンサナというマメ科の木が生えていました。広い敷地に5本がそびえていたので景観が良く、1960年代から1980年代にかけては人気のデートスポットになっていました。しかし、1990年代に病気で枯れて取り除かれることになってしまった5本のアンサナ。同エリアの象徴的スポットであったことから、何とか元の景色を取り戻してほしいという意見が多く集まったそうです。そこで、アッパー・セラングーン・ロードに生えていた5本のアンサナを移動させるというプロジェクトが発足し、2015年にようやく、かつてと同様の光景をよみがえらせることに成功。現在の同所には昔と変わらない、そこでデートを楽しんだ人たちにとって懐かしい眺めが広がっています。

 

ふと周りを見わたすと必ず緑が目に入り、シンガポールで暮らす私たちはたくさんの木々に囲まれながら過ごしていることに気付かされます。そんな当たり前の光景も、シンガポールを美しく過ごしやすい都市にしようと強い意志で取り組んだ政府やNPBがもたらした賜物なのでしょう。

セント・アンドリュース大聖堂の敷地内にある幹回り約8メートルのレイン・ツリー。シンガポールでは最も古い木の1つとされている。
各木付近には木の種類や歴史が紹介された案内板も設置されているので合わせてチェックしよう。ツアーは毎月最終日曜の午前9時30分から約2時間開催。参加費は無料だが、要事前予約。同ツアーの詳細はウェブサイトで確認を。
www.nparks.gov.sg/activities/events-and-workshops
画像提供:National Parks Board