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世界の市場で存在感を発揮 シンガポールを鮮やかに彩る国花「ラン」

美しいピンクの可憐な花を咲かせるパピリオナンセ・ミス・ジョアキム。幅5センチ縦6センチと大ぶりのラン。

 

今や世界のランの切り花の15%を占めると言われるシンガポールのラン。しかしランと一口に言っても世界には2万5,000~3万種類が存在しているのをご存知でしょうか。被子植物の中で最も種類が多く、地球上の植物の約1割を占めていると言われています。シンガポールの国花である「パピリオナンセ・ミス・ジョアキム(Papilionanthe Miss Joaquim)」をはじめ、ジャングルが島土を覆っていた昔はシンガポールにも約180種類ものランが自生していたと言われています。

 

シンガポールの国花 パピリオナンセ・ミス・ジョアキム

鮮やかな色と大きな花弁が特徴のシンガポールの国花、パピリオナンセ・ミス・ジョアキム。このランの発見は1893年にまで時を遡ります。当時、アグネス・ジョアキムという女性が自宅の庭を歩いていると、見慣れない花がふと目に留まりました。すぐに当時のボタニック・ガーデンの園長ヘンリー・ニコラス・リドレー氏に連絡したところ、新種のランと確認、登録されます。そして88年の月日を経て1981年4月15日、めでたく国花に指定されました。人間の手による人工的な交配ではなく、鳥やハチなどによる自然交配によって生まれた種だという点が大変貴重で、国花にふさわしいという理由だったそうです。
そのほかにも現在シンガポールで自生するランはいくつかあり、中でも珍しいのは花弁がトラ模様の通称タイガーオーキッド(Tiger Orchid)。株の大きさは世界一で、大きくなると2トンにまで成長します。花を咲かせていないと、とてもそれがランだとは想像できない大きさです。このランは公園や動物園で見かけることもありますが、実はこれらは全て輸入されたもの。近代化に伴う自然破壊により、元々シンガポールに自生していたもので現存しているのは、ボタニック・ガーデンにある株のみ。周りが柵で囲われているので、どれがその株かすぐにわかるでしょう。

交配技術の発展と友好の印としてのラン

日本でランと言えば胡蝶蘭に代表されるように、贈答用の高級花という印象がありますが、シンガポールでも交配が主流となる以前は、富裕層の趣味として有名実業家の個人の庭などでのみ鑑賞され楽しまれてきたそうです。当時は珍しいランが咲くと親しい友人たちを招き、自宅の広大な庭でディナーを振る舞いながら満開のランを愛でるなど、一部の熱狂的なファンの間で楽しまれた優雅な趣味でした。
ところが1928年、当時のボタニック・ガーデンの園長、エリック・ホルタム氏が、ランの交配プログラムを始めたことでこの花が一気に身近な存在となります。ランの交配に熱心だったホルタム氏は1939年、ゴールデン・シャワー(Golden Shower、別称ダンシング・レディー Dancing Lady)と呼ばれるランの交配に成功、切り花としてのラン市場が開拓されていきます。これも、ひとえにホルタム氏の熱心な研究の成果だといえるでしょう。
このような新種の交配や切り花市場開拓の成功を受け、シンガポール政府は1957年、シンガポールを訪れた来賓やVIPたちに対し交配させたランを友好の印として贈呈することを決定します。現在まで200人のVIPたちに名前を冠したランをプレゼントしていますが、日本人では今上天皇(明仁天皇陛下)、美智子皇后陛下、雅子皇太子妃などがシンガポールを訪問された際に名前を冠したランが贈られました。また故ダイアナ妃は不慮の事故で亡くなったその年にシンガポールを訪れる予定で、既に名前を冠したランが完成していました。ダイアナ妃がシンガポールを訪れることは叶いませんでしたが、現在も彼女を偲ぶようにボタニック・ガーデン内のシンガポール国立ラン園で美しい花を咲かせています。
現在もインフォメーションセンター「ボタニー・センター(Botany Centre)」のラン繁殖実験室では日々新しい交配種が誕生し、その数はどんどん増え続けています。交配によって誕生したランはボタニック・ガーデンショップで苗木を購入することも可能なので、シンガポールに滞在している間に栽培に挑戦してみるのもいいかもしれません。

 

 

大きな株に逞しい花を咲かせるタイガーオーキッド。花弁の模様がまさに虎のよう。咲いてない時も多いので、花を見られるのは非常にラッキーと言える。

 

ボタニック・ガーデン内「VIPオーキッド・ガーデン」のランにはそれぞれ名前の刻まれたプレートが飾ってあるので、どの花が誰に贈られたものか探してみるのも楽しみのひとつ。写真は故ダイアナ妃の名を冠したランのもの。
美智子皇后陛下に送られたラン。和装を彷彿とさせるフォルムと、白い花弁の先の紫がかった色が美智子妃殿下の印象そのもの。