シンガポール土産の定番といえば、カヤジャム。主な成分はココナッツミルク、卵、砂糖ですが、綺麗な緑色に仕上げるために欠かせないのが、パンダンリーフです。パンダンリーフは、マレーシアやタイをはじめ東南アジア一帯でお菓子や料理に使用され、独特な甘い香りから「東洋のバニラ」とも呼ばれています。スーパーマーケットのパンコーナーやローカル菓子店でよく見かける緑色のパンやケーキの多くは、この植物で色付けされた天然由来のもの。シンガポールの人々の生活に根付いているパンダンリーフは、中国南部などからのマレー半島への移民の末裔、プラナカンの文化にも深く結びついています。
プラナカンの工夫が詰まったニョニャちまき
中国暦の5月5日、端午節には、ちまきを供えて家族で食べる習慣があります。2015年の端午節は6月20日に当たりますが、例年5月に入るとシンガポールでも豚肉や塩漬け卵入り、ナツメや甘い餡入りなど、様々なちまきを買い求める人々が見られます。
かつてマレー半島に暮らした中華系プラナカンの家庭でも、ちまきで端午節を祝おうとしましたが、中国のものと同じように作りたくとも、すべての材料が揃いませんでした。そこで、ニョニャと呼ばれるプラナカンの女性達は、キッチンにある食材だけで端午節のちまきを作り上げました。代表的な具材は豚肉と冬瓜のみ。コリアンダーなどのハーブで味付けをして、笹の葉や竹の皮の代わりにパンダンリーフを使ってちまきを巻いたのです。
「パンダンリーフを巻いて蒸すことにより、笹や竹にはない甘い香りが加わって、肉も米も風味豊かになりました」。プラナカン文化の影響が色濃く残るカトンで、この「ニョニャちまき」を販売する店、キム・チュー・クエ・チャンのレイモンド・ウォン氏は言います。ニョニャ達の工夫により生まれたニョニャちまきは、中国の伝統文化がマレー半島やシンガポールで独自の進化を遂げたことを体現する食べ物だと言えるでしょう。
ウェディングシーンを彩る甘い香りの意外な効能
香りのよいパンダンリーフは、マレー人の間で昔からポプリに使われてきました。そのポプリはマレー語で“寄せ集めの花”を意味するブンガランパイ(bunga rampai)と呼ばれます」と、プラナカン文化にも精通するレイモンド氏は教えてくれました。かつてプラナカンの家庭では、12日間も続く豪華な結婚式の際に、新婚カップルの寝台の周りにブンガランパイを置いてロマンティックなムードを醸し出したとか。現在でもマレー系ウェディングでは欠かせない幸せの象徴です。
実際にブンガランパイを購入できると聞いて、MRTパヤレバ駅近くの「ゲイランセライ・マーケット」を訪れました。野菜や果物が積まれた活気あるマーケットの片隅に、様々な小瓶が棚に並ぶ薬局とおぼしき店があります。その店先にたくさんの花が入った籠がいくつも置かれていたので「ブンガランパイが買えるのですか?」と尋ねると、店のおばあさんは「ええ、2Sドルからよ」と答えて、その場で作ってくれました。
じょうごの形にしたバナナの葉に細く切ったパンダンリーフを入れ、粉末状の白檀(サンダルウッドパウダー)を手で混ぜ込みます。次に紅花油(サフラワーオイル)、ローズウォーターなどで香りを加え、ジャスミン、インディアンローズ、チャンパカなど色とりどりの花を合わせます。最後にオイルが染み出さないように新聞紙で包んだら完成。むっと立ち上ってくる甘い香りにスパイスが利いた、なんとも南国らしい香りです。
こうした華やかなパンダンリーフの香りには、暑い国での生活に欠かせない驚きの効能があります。それは、ゴキブリ除けになるということ。たまにタクシーに乗ると甘い香りが漂うのもそのためだとか。実際、我が家に置いてみたブンガランパイも効果は抜群でした。食卓に並ぶ料理に彩りと風味を加え、害虫を寄せ付けない魅惑的な香りを放つパンダンリーフ。エアコンもなく、虫除けスプレーなどもなかった時代、プラナカン家庭の優雅な食卓は、パンダンリーフによって大いに助けられていたのでしょう。