AsiaX

旅情あふれる鉄道の旅はタンジョン・パガー駅から

シンガポールに暮らしていても地下鉄(一部高架)のMRTは日常的に利用するけれど、鉄道駅(タンジョン・パガー)に行くことはめったにありません。筆者は当地に20年以上住んでいますが、汽車に乗ったのは来星したばかりの時、1回だけ。その後は駅の存在すら忘れかけていました。でも鉄道駅を思い出させてくれたのは、エキベニスト(駅弁の専門家)として活躍している日本の友人からの質問でした。「シンガポールには確かイースタン・オリエンタル急行の始発駅があるよね。その駅に駅弁はないの?」。駅弁?!そんなものはないかもしれませんが、20数年前、マラッカからの帰りに乗ったマレー鉄道のことを懐かしく思い出したのです。

シンガポール独立前からある堂々とした駅舎。今もその敷地はマレーシア領。

 

一世紀の歴史を誇る駅

久しぶりに訪れた駅は昔の面影そのもの。どっしりとした駅舎はコロニアル風建築でなかなか趣があります。マレー鉄道駅の歴史は今から100年以上も前、1903年にまでさかのぼります。2回の移転を経て、現在のケッぺル・ロードに移ったのが1932年のこと。ケッぺル・ロード駅、あるいはシンガポール駅とも言いますが、通常はタンジョン・パガー駅と呼ばれています。MRTにも同名の駅があり、そこから1キロ半くらいしか離れていませんが、人知れずひっそり佇んでいるように見えるのはなぜでしょうか。

この駅はマレー鉄道およびイースタン・オリエンタル急行の始発駅とも言えますし、タイやマレーシア方面から乗って来ればここが終着駅となります。シンガポール領内唯一の鉄道駅ですが、この駅の敷地や線路はマレーシアに属していて、マレーシア鉄道公社が運営しているものです。出発ホームにはマレーシア国境検問所が設置されていて、入国審査と税関があり、これを通って汽車に乗ればもうマレーシアに入国した、ということになります。

マレー鉄道を走る列車内はスーペリアとエコノミー、またはプレミアとスーペリアに分かれており、座席の階級によって料金が異なる。

駅弁の代わりにラムリー・バーガー

駅舎に入るとまず高い天井、それにアーチ型の窓のステンドグラスや壁画などに驚かされます。広々としていて、あちこちの壁に備えられている頑丈そうな扇風機からは、心地よい風が送られてきます。そしてその風に乗って流れてくるのはマレー料理のスパイスの香り。レールウェイ・フードコートにはマレー料理の店が多いのです。

残念ながら「駅弁」はありませんが、テイクアウトできる食べ物を発見。さっそくその店をのぞいてみると、「ラムリー・バーガーのスペシャルをお持ち帰りできます」とのこと。ラムリー・バーガーとはマレー風バーガーで、ビーフまたはチキンのハンバーグを卵焼きで包み、それをバーガー用のパンにはさんだものです。こんなアツアツのラムリー・バーガーを持って、のんびりとマレー鉄道の旅に出かけてみるのもいいかもしれません。

駅構内の表示はマレー語と英語の二言語になっている。

ラムリーバーガーを作っているのもマレー人の女性。

 

 

マレー鉄道で国境越え

海外旅行、というと飛行機に乗ることを考えますが、お隣のマレーシアへ行くには陸路が便利です。自分で運転したりバスに乗るのもいいですが、鉄道の旅もなかなか。最初の駅・ジョホール・バルまでは1時間もかかりませんから、遠足気分で出かけられます。もうちょっと足をのばすと、マラッカの少し手前で鉄道は西側を走る線路と半島の中ほどを通り抜ける線路に分かれます。西側を行くとクアラルンプールまで約6時間40分。マレー半島をさらに北上してペナンに近いバタワースまで行き、そこで乗り換えてマレーシアとタイの国境を越え、ハッジャイまでは全行程20時間以上。2度の国境越えを経験し、3国に足跡を残す壮大な旅です。(シンガポール~クアラルンプール間は1日3回運行)

せっかくタイまで行くならバンコクまで行きたい、という方にお勧めなのは有名なイースタン・オリエンタル急行。食堂車での豪華な食事も楽しめて、贅沢を極めた鉄道の旅を味わえます。バンコクからはチェンマイ行き、そしてビエンチャン行きもあります(シンガポール~バンコク間は月に1~3回ほどの不定期運行)。

いつか時間がたっぷりできたら、ここからインドシナをめぐる旅に出てみたい、とタンジョン・パガー駅のホームに立つと夢が広がってきます。