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シンガポールの街を彩るショップハウス

人がちょうど1人通れるぐらいの幅の戸口を中心に、左右対称に配された格子付きの窓。そのすぐ隣はもう別のショップハウス。シンガポール、マレーシアなど東南アジアの各都市に多く見られるショップハウスは、いずれも通りに面した間口の幅が12~18フィート(約3.7~5.5メートル)とかなり狭く、一見小さな家がひしめき合っているように見えます。しかし、中は間口の5倍以上の奥行きがあり、ほとんどは2階建て以上で意外と広々としています。多くは、ショップハウスという名前の通り、道路に面した一階部分を商業用、二階以上を居住用のスペースとして使われてきました。

クラブ・ストリート沿いに立ち並ぶ色とりどりのショップハウス

ショップハウスは、中国華南地方の町屋が元になっていると言われています。18世紀頃のショップハウスは、木の壁と石造りの柱でできた簡素なものでした。19世紀には、正面の壁にれんがが使われるようになり、しっくいなどで装飾が施されるようになりました。20世紀前半になると、花をモチーフにした装飾や、両開きのフランス窓、上部がアーチ形の窓など、ヨーロッパのスタイルを取り込んだショップハウスが数多く登場しました。

シンガポールでショップハウスの建築が盛んになったのは、1822年、ラッフルズ卿の都市計画が始まりでした。中国系住民の多いボートキーとチャイナタウン、マレー系住民の多いカンポン・グラム、インド系住民の多いリトルインディア、移民の多いブレアプレーン、エメラルドヒル、ケーンヒルなどでショップハウスの建築が進められました。また、1900年代から1940年代には人口の増加に伴って都心から郊外に移り住む人達が増え、ジューチャット、ゲイラン、リバーバレーなどにもショップハウスが建てられました。

色とりどりのショップハウスが並ぶ通りを歩きながら、隣り合ったものをよく見比べると、屋根や壁の色が違うだけで、窓の形や高さ、しっくいの装飾などがそっくりなものが実はよくあります。通常は2軒、場合によっては4軒、6軒と同じデザインのショップハウスが並んでいることも。また、シンガポールのショップハウスには、そのほとんどに建物正面と道路の間にファイブ・フット・ウェイ(five-foot way)と呼ばれる約1.5メートル幅の通路があります。一年中暑い熱帯気候の地で、通行人にとっては格好の日除けであり、急なスコールが来た時には雨除けにもなります。住居専用のテラスハウスなどでは、バルコニーのように低い柵があって、住民だけが通行する、よりプライベートな空間になっています。

ファイブ・フット・ウェイは住民にも通行人にも便利な歩道

ショップハウスが並ぶ通りにマッチした街灯

歴史的価値のあるショップハウスの保存

シンガポールでは、独立から20年余りが過ぎた1986年以降、政府が主導して大規模な歴史的市街地の保存に取り組んでいて、ショップハウスが集まる地区の多くが保存地域に指定されています。保存地域のショップハウスの外観の変更や増改築などは細かいガイドラインが規定されていますが、内装に関しては比較的ゆるやかで、伝統的な外観を保ちつつ内装はモダンな空間を持つレストランなども多数あります。

アルゼンチン出身のアーネスト・ベドマーさんは、シンガポールでショップハウスの改装を20年以上手がける建築家。ショップハウスの持つ美しさとオリジナリティに魅了され、これまでに20軒余りがアーネストさんによって新たな息吹を吹き込まれてきました。かつては歴史を感じさせる外観とは異なる、モダンで斬新な内装をデザインしたこともありましたが、最近は内装もできる限りオリジナルを生かしているとのこと。「建物の古さや歴史を感じられるのがむしろ良いと思うようになりました。街には巨大な高層建築が溢れていますが、ショップハウスのように身丈に合ったスケールの家が人間にはやはり合っていると思います。」アーネストさんの手で甦るショップハウスは、これからまだまだ増えそうです。

カンポン・グラムのブッソーラ・ストリート。両側にショップハウスがずらりと並び、奥にシンガポールで一番古いモスク、マスジット・サルタンがある

アルゼンチン出身の建築家、アーネスト・ベドマーさん。花柄のタイルが美しいショップハウスの前で