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インディペンダント・ビジュアル誌『WERK』の手触り

雑誌の概念を突き抜けた『WERK』マガジン

シンガポールのハジ・レーンにまだコム・デ・ギャルソン・ゲリラストア+65(CdGGS)があった5年ほど前、『WERK(ヴェルク)』を初めて手にした時の衝撃をまだ覚えています。ピンクや黄色の強い蛍光色のペイントで彩られ、電話帳サイズの本のエッジは切りっぱなしで不揃い。本を閉じたままペイントが施されたせいか、ページを捲るたびにパリパリと音がします。表紙と中身は、ざらっと手触りのいいオーガニックな紙が使用され、中身は、活字の少ないモノクロ写真中心の構成、これまで手にした事のない本でした。読み手の五感を刺激する緻密に計算された作り手のアイディアが、装丁から中身の隅々までぎっしりと詰まっています。

『WERK No.18』日本の現代美術界の巨匠、田名網敬一のスケッチを特集した。

 

他に例をみないアバンギャルドなデザインはさることながら、更に驚いたのは、CdGGS+65店主でアートディレクターでもあったテセウス・チャンその人が、自費出版で作った「雑誌」だったということ。テセウスは、後に2006年の第1回シンガポール大統領デザイン賞を受賞し、シンガポールを代表するクリエイターとして、現在に至るまでシンガポール内外で活躍。WORKデザインオフィスを率い、コム・デ・ギャルソン、アディダス、コレットなどのクライアントワークを手がけるかたわら、2000年より『WERK』を年に2回発行しています。

「誰にしばられることなく、自分が作りたいものを毎号自由に作る。一緒にコラボレーションをしたいクリエイターにコンテンツを提供してもらい、自分はアートディレクターとして『WERK』をデザインしています。WERKはドイツ語でWORK(働く)を意味します。綴りに含まれる“WE”はコラボレーションへの意志を表明しています」と語るテセウスは、これまで18冊のWERKを世に送り出し、コム・デ・ギャルソンをはじめ、イラストレーターで映像作家のジョー・マギー、藤本やすし率いるデザイナー集団CAP、ファッションブランドのイーリーキシモトなどとのコラボレーションを果たしました。

これまでの『WERK』の数々。それぞれ斬新なデザインで雑誌マニアの垂涎の的となっている。

 

雑誌としてサイズは同じでも、装丁やデザインは毎回全く異なります。表紙を破いたり、布をページの様に仕立てたり、または穴をあけたり。必ず一冊一冊手作業で完成させるプロセスを経ているため、一冊として同じものはありません。創刊から肩を並べてきたシンガポールの印刷業者との協働作業で作り上げ、毎回1000冊の限定発行です。これが今や、世界中の雑誌ファンを唸らせ、発行を心待ちにさせるまでの存在となっています。日本にもそのファンは多いものの、シンガポールで作られている事を知る人は案外少ないかもしれません。

アートディレクターのテセウス・チャン。日本で『WERK』の個展なども予定されている。

『WERK No.18: Keiichi Tanaami PSYCHEDELIC VISUAL MASTER』

最新号のWERKマガジンは、日本の巨匠アーティスト田名網敬一とのコラボレーション。現在ラサール芸術学院で開催中の「Eccentric City – Rise and Fall」展で、シンガポールのデザイン/アーティスト集団、:phunkと巨大なインスタレーションを披露している田名網さんですが、田名網さんのアーティストとしての原点、その歴史でもある数百点ものスケッチをテセウスに託し、幾度ものやり取りを経て、展覧会の開催に併せて完成されたものです。「スケッチを手渡された時、まるで田名網さんの内面に直に触れたような気持ちでした。読者にもそんな気持ちを共感して欲しかったのです」とテセウスは愛しそうに『WERK No.18』のページを捲ります。今回の表紙は、田名網さんのスケッチに使われたであろうパステルやクレヨン、チャコールで、本の表面全体に色が塗られたカラフルなもの。一冊一冊手作業んで塗り込まれた画材の生の手触りが田名網さんの世界へ繋げてくれるようです。

次号の『WERK』の発行日は未定。毎回のことながら、全身全霊をかけて作り上げるテセウスとWORKのデザイナー達は、「今は18号を世に送り出してほっとしているところ。次の出会いやアイディアを焦らず待ってから次号に取り組むつもり」といいます。彼らは我々を再び驚かせてくれる『WERK』を世に送り出してくれるでしょう。

『WERK No.18: Keiichi Tanaami PSYCHEDELIC VISUAL MASTER』

※『WERK』は、紀伊國屋シンガポール本店(ニーアンシティ3F)で取り扱っています。