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トロピカル・ガーデンのあるオフィスを訪ねて

シンガポール経済の中枢で高層ビルの建ち並ぶシェントンウェイの一角に、緑に囲まれた一軒家のオフィスがあります。半信半疑で訪ねてみると、その場所は、シェントンウェイの旧シンガポール・ポリテクニック校跡地にありました。シンガポール・ポリテクニック校は、東南アジア初の工業専門学校として1954年に設立、5年後にこのキャンパスを完成させました。生徒数の増加のため、1974年にドーバーロードの新校舎に移転した後、50年代の風情を残した校舎と広い敷地はそのまま残され、現在では様々なオフィスが入居しています。その旧キャンパスで、守衛たちのガードハウスだったと思われるゲート近くの平屋が、今では建築事務所の「フォームワークス・アーキテクツ」と、ランドスケープデザイン事務所「サラダ・ドレッシング」のオフィスとなっているのです。

建築事務所の「フォームワークス・アーキテクツ」とランドスケープデザイン事務所「サラダ・ドレッシング」のオフィスの応接スペース。壁面のくじゃくの絵は、チャンさんが直に描いたもの。

 

都心で深呼吸のできるオフィス

建物に入ると、自然光が優しく差し込み、旅先で見つけたような珍しいオブジェと機能的な家具とが調和したリビングルームのような応接スペースへと招かれます。建物の反対側には、熱帯植物が気持ちよさげに生え揃った、緑がまぶしいテラスが見えます。敷地の壁を隔てた反対側には、今でも古いモスクがあるため、ジャングルのように生い茂る背の高い木々が並び、高層ビル群を隠してしまう絶好の緑の壁。スタッフが仕事をする部屋の庭に面した部分は、昔ながらの鉄のフレームにガラスの入った窓で仕切られていて、ドアからすぐ庭に出る事ができます。水草がたっぷりと浮かぶ庭の人工池には色とりどりの魚達が泳ぎ、蚊の繁殖を防いでいるんだとか。オフィスの足下の板張りの床も、不揃いな塗装が残る古木の感じがやさしいイメージ。

「取り壊した建物に使われていた木材をリサイクルして床板に使う等、欧米にはある発想でも、シンガポールではまだ珍しい使い方かも」と、サラダ・ドレッシングの代表チャン・ホァイヤンさんはいいます。オフィスであっても、自然を身近に感じられるようデザインしたと言うチャンさんとパートナーのセンスが光ります。

生産性も一気に高まりそうな緑に囲まれたワークステーション。(写真提供:サラダ・ドレッシング)
ブラック&ホワイトの一軒家、オフィスの入り口。

ランドスケープデザイナーという仕事

トロピカル建築の父として知られるスリランカ人のジェフリー・バワに影響を受けたというチャンさんは、シンガポールではまだ珍しいランドスケープデザイナー(造園設計士)の1人。個人邸宅やコンドミニアム、ホテルの庭園、カフェやレストランなどの外部空間をプロデュースしています。国内では、ガーデンダイニングの先駆けとなった「P.S.カフェ」や「ホワイトラビット」もチャンさんによるもの。どちらも、数十年前からそこにあると思われる木々や熱帯植物がその場所を引き立てる大切な要素となり、都会のオアシス的な空間が人気です。近年のエコブームも手伝って、緑をたっぷりとランドスケープに取り入れる建築プロジェクトも増えており、チャンさんの活躍の場も拡がっているとのこと。

チャンさんは、シンガポール国立大学の建築学部の出身。イラストを書くことと自然が好きで、アートになるべく近い学部として建築を選択、その学生時代に、バリ様式の庭園デザインを世に広めた第一人者でバリ在住のオーストラリア人マデ・ウィジャヤさんとの運命的な出会いがありました。「鬱蒼としたジャングルか、供え物としての花を供給するのに植えられていた程度の熱帯植物を、その個々の美しさを生かして庭園デザインに織り込み、次々と名だたるランドスケープを生み出したマスターです」とチャンさんはマデさんについて説明。彼がデザインしたリゾートや邸宅のランドスケープを集めた本を出版する際、イラストを担当しながら多くを学び、チャンさんは今のキャリアをスタートさせることになったといいます。

「僕は植物を育てるのが上手な“グリーンサム”ではなく、メンターであるマデさんから教わった、それぞれの植物や物と対話をしながらコラージュをするように空間を埋めていくということをしているだけです」と謙虚に笑いながら、庭の花や植物の名前や特徴もすらすらと教えてくれました。そんなチャンさんの横顔に、「自然を愛でるのにアートを介する以上の方法はない」というオスカー・ワイルドの言葉を引用するほどの情熱を垣間見ました。自然と共存した憩いの場、チャンさんの次なるプロデュースが楽しみです。

ランドスケープデザイン事務所「サラダ・ドレッシング」代表のチャン・ホァイヤンさん。