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娘惹達の足元を彩る伝統の技プラナカン・ビーズ・サンダル

中華とマレーに西洋の文化も融合されたプラナカン文化が生み出した数々のアイテムで特徴的とされるのがその華やかな色使い。南国らしい極彩色とピンクやライトグリーン、水色、ライトイエローなどのパステルカラーが織り成す色のコントラストと、花や鳥、蝶、モザイク模様などをあしらったデザインは、長年多くの人々を魅了してきました。

特にプラナカンらしいデザインのものを、と店主のロバートさんが鍵付きの棚から特別に出してくれたサンダル。

 

プラナカンの人々がとっておきのサロンクバヤを着る時に合わせるのが、プラナカンらしい華やかなビーズ刺繍がサンダルの甲全体に施されたビーズ・サンダル。プラナカン文化全盛だった1920年代から30年代に人気で、当時はプラナカンの女性・娘惹(ニョニャ)だけでなく峇峇(ババ)、つまりプラナカンの男性たちもビーズ・サンダルを履いておしゃれを楽しんでいたそうです。サンダルに施される刺繍はもちろん手作業。細かい刺繍で複雑なデザインを表現するビーズ刺繍の腕前が良い事は、嗜み深いニョニャであることの証でした。

当時の刺繍に用いられたビーズは、プラナカン・カット・ビーズと呼ばれるヨーロッパ製のガラスのビーズ。切子面が作り出す複雑な輝きが美しいビーズです。残念ながら現在では入手困難なため、代わりにチェコ製のビーズが良く使われているそうです。プラナカンのビーズ刺繍に使われるのは、直径1ミリ少々と非常に小さなサイズのビーズ。サンダル一足で6万~8万個のビーズが必要で、花びらの色合いや蝶の羽の柄など細部まで表現されます。美しさの反面、その製作工程はとても手間隙のかかるもの。プラナカン・ビーズ刺繍の技術を受け継ぐ人々は他の多くの伝統工芸同様、残念ながら少なくなりつつあります。

棚にずらりと並べられたプラナカン・ビーズ・サンダル。手作業で施された精緻で色あざやかなビーズ刺繍は飽くことなく眺めていたくなる。

 

プラナカンのビーズ刺繍の伝統を守る店

プラナカンの人々の間でも失われつつあるビーズ刺繍の伝統を守っているお店が、カンポン・グラムにあります。“Little Shophouse(小店屋)”と名づけられたその店の店主・ロバートさんは、現役時代はエア・クルーとして勤務し、定年退職後、8年前にこの店を始めました。「僕はチャイニーズでプラナカンではないんだけど」というロバートさんですが、骨董品が好きで長年かけて収集してきたコレクションの中にプラナカンの陶器なども多数あるそう。また、幼い頃から周りにいた大人たちがやっていたプラナカンのビーズ刺繍を見て、その技術を覚えたそうです。「ビーズ刺繍自体は決して難しいものではなくて、基本はクロスステッチ。ちょっとしたコツをつかめばできます。あとは緻密さと根気強さがあれば、誰でも作れますよ」とのこと。ただ、その緻密さと根気強さを持つ熟練者の手によって90時間かけてでき上がるのは、ビーズ・サンダル一足分の刺繍。実際には誰でも、という訳にはやはりいかなそうです。

手作りで質の高いプラナカン・ビーズ・サンダルには、1000Sドル前後の値が付くものも珍しくありません。ロバートさんの店の棚にも、華やかな刺繍が目を引くビーズ・サンダルがずらりと並べられていますが、実際に売れることはまれ。「皆さん、値段を見てビックリするんですよね。でも、このビーズ刺繍を仕上げるためにかけられた作り手の膨大な時間や労力、技術力を考えると安売りはできないんです。これらのビーズ・サンダルに価値を見出して、この値段で見合うと考えてくださるお客様がお買い上げくだされば、それで良いと思っています。」

ビーズ刺繍に興味を持った人には、妹さんが店を手伝ってくれる水曜日と日曜日に、ロバートさんが直々にビーズ刺繍を教えています。マン・ツー・マンでの計7時間のレッスンと、刺繍に使うフレーム、ビーズ・サンダル一足分のビーズと糸、布などの材料費込みで320Sドル。「一度に一人しか教えません。何人もいると、おしゃべりばかりになってしまうでしょう?プラナカンのビーズ刺繍が好きな人に、純粋に自分で作る喜びを味わってもらいたいんです。」レッスンの申し込みの前には、一度必ずお店に来てもらってビーズ・サンダルを実際に見てもらい、時間と労力をかけても自分でこれを作ってみたい、と思った人には好きな色やデザインのパターンを決めてもらって、レッスンの日を調整します。最初の5時間のレッスンは一度に集中して行われます。その後は持ち帰って作業を進めてもらい、わからないところなどを残りの2時間で教えながら仕上げるそうです。

刺繍に使うフレームはねじで簡単に締め付けられる便利なものがありますが、糸をフレームに巻きつけて布を張る伝統的なスタイルが一番良い、とオリジナルの方法にこだわっています。デザインのパターンもプラナカンの伝統的なものを収集、複数のパターンを組み合わせたり、独自のアレンジを加えて作っているそうです。

プラナカンのビーズ刺繍に使われるのは、サイズ15~18という直径が1ミリ少々しかない、かなり小さなビーズ。

ビーズ刺繍を施すロバートさん。穏やかな笑みが印象的

店の中にあるのは、ビーズ・サンダルのほかに、ロバートさんや妹さんが製作したビーズのネックレスなどのアクセサリー、自ら買い付けてきたプラナカンの陶食器、工芸品など、ロバートさんのお眼鏡にかなったお気に入りの品々ばかり。「10年後も、自分の好きなモノたちに囲まれて、この店にこうしていられたらいいなと思っています。もちろん先のことはわかりませんけどね。」

サルタン・モスクのすぐ手前のショップハウスの並びにロバートさんの店“Little Shophouse(小店屋)”がある。