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マリーナベイに咲く大輪の花「アートサイエンス・ミュージアム」

今やシンガポールを象徴するランドスケープのひとつとしてその名を馳せるマリーナベイ・サンズ(MBS)。その中で、空に向かって花びらを広げるようなひと際目立つ白い建物が、アートサイエンス・ミュージアムだ。

世界に二つとないユニークな建築デザイン。各国からの資材や建築技術が結集されて完成した。

 

シンガポールの未来へのスピリッツをデザイン

この他に例を見ないユニークな建築デザインは、MBS全体の設計を手がけた、イスラエル出身でアメリカ在住の建築家モッシュ・サフディ氏によるもの。建物を花に見立てると、先端に自然光を取り込む窓がある10の花びらが階段状に重なりながら空に向かって開き、その宙に浮かんでいるような球体状の底辺を金属の柱の構造が支えている。21のギャラリーを擁する内部は三階建てになっており、総床面積は、約6,000平方メートルに及ぶ。まぶしく光る外壁は、特殊なファイバーグラスで覆われており、内側は大きなカーブを描いているため、そこを伝う雨水は、吹き抜けになった中心部から滝となって流れ落ちるという仕組みになっている。ダイナミックな景観のためだけのデザインでなく、雨水が自然とその表面を洗い、集められた水は建物の周囲に施された蓮の池やトイレに使用されるなど、エコの要素も取り入れられている。

ラスベガスサンズグループの代表であるシェルドン・G・アデルソン氏は、そのユニークなデザインの建物を「歓迎を表する手」と呼び、シンガポールの象徴的な建物のひとつになるだろうと述べた。モッシュ氏は、「デザインに関して、いろんな解釈があるのは嬉しいことだ。私が設計者としてそのモチーフを語るのではなく、この建物を擁するシンガポールの人たちがそれぞれ解釈してくれればいい。私からは、高揚感をもって未来を見つめている、シンガポールのスピリッツそのものを表していると申し上げたい」と語った。また、デザインが生まれるまでのプロセスを、「まず、幾何学的なオブジェとしてのアイディアが浮かび、そこから現存する形に進化しました」とし、「それぞれの指、または花びらにあたる部分の形が少しずつ違うので、それぞれのギャラリーの形も異なります。そのため、訪れる方は様々な変化が楽しめ、新しいタイプの空間を経験する事ができるはず。そこには自然の法則にのっとった緻密な計算のもとにデザインされた仕掛けがあるのです」と付け加えた。

ミュージアム設計時のサフディ氏によるスケッチと模型。

 

「アートサイエンス」が展示の切り口に

また、興味深いのが、「アートサイエンス」と銘打ったミュージアム(博物館)であること。この博物館では、アートとサイエンスを切り離して展示の中身を構成するのではなく、芸術性の高いデザインと時代の先端を行く科学技術の融合によって生まれたこの建物そのもののように、未来を構築するために必要な切り口として「アートサイエンス」のフレームワークで展覧会を企画制作していく。館長のトム・ザラー氏は、「シンガポールには、その歴史や、文化、美術といったカテゴリーを紹介する博物館、サイエンスセンターなど、それぞれ素晴らしいものが既に存在します。それらを踏襲するのではなく、我々は、これまでにない新しい文化施設として、このアートサイエンスという切り口であらゆる展示を制作し、ユニークなストーリーを紹介していきます」 と説明した。

最上階にある常設展示のギャラリーでは、ここで言うアートサイエンスを、現代生活へ発展を遂げるきっかけとなった人類の歴史に名を残す発見や発明に導いたクリエイティブの源と置き換えて、「Curiosity(好奇心)」、「Inspiration(ひらめき)」、「Expression(表現)」の角度からインタラクティブな展示を通して解説している。

ザラー氏は、出身地のアメリカを中心にエンターテイメント性の高い展覧会を数々手がけて来た。「こちらでは、教育的な意味を大事にしながら、エンターテイメントの要素も存分に取り入れた、新しいコンテンツを提案していきたいです。現在公開中の『チンギス・ハーン』展がアメリカのスミソニアン博物館の協力で実現したように、世界各国のエキスパートと共に質の高いものを企画制作する予定です」と、その抱負を語り、「建物の完成と同時にミュージアムそのものも出来上がるのではなく、その時代や訪れる人々に合わせて常に変化し続けるべきものなのです」 と付け加えた。展示の中身は、1ヵ月半~2ヵ月ほどで入れ替わる予定。これから一層進化し続けるという未来型のミュージアムを楽しみにしたい。

建物の中心部。屋根を伝って集められた水は、円形の穴から滝のように流れ落ちる。

設計担当のモッシュ・サフディ氏。モントリオールの「The Habitat 67」を始め、北米やイスラエルの空港や博物館など公共施設の設計で知られる。