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星馬間をつないできた線路「マレー鉄道」

マレー鉄道(KTM:Keretapi Tanah Melayu)のタンジョン・パガー駅が6月末で廃止となり、6月30日夜には同駅発最終列車を見届けようと大勢の人々がカメラを片手に詰めかけました。隣のマレーシア・ジョホールバル州のスルタン、イブラヒム・イスカンダル氏がこの日のために訓練を受けて運転士としての免許を取得、タンジョン・パガー駅より、曽祖父の代に開通したコーズウェイを渡る最終列車を運転したことも話題になりました。

7月1日から17日までの一般公開期間中、多くの人々が訪れたブキティマ駅。近年は乗客の乗降はなく、単線であるマレー鉄道の離合駅として残っていた。

ブキティマ駅舎内の腕木式信号機を操作するための信号コテ。営業終了時まではスペースいっぱいにコテが並んでいた。

シンガポール鉄道小史

レール・モールそばの鉄橋。手前の1861という数字は、タイ・バンコクからの距離。

線路の両側に豊かな緑が広がる景色もマレー鉄道の利用客に人気だった。

ここで、シンガポールの鉄道の始まりを紐解いてみましょう。シンガポールに蒸気機関車が導入されたのは1877年。新橋~横浜間を蒸気機関車が走った5年後のことでした。もっとも旅客用ではなく、タンジョン・パガーにあったドック会社の広大な敷地内で貨物を運ぶために運行されていたそうです。
シンガポールでの旅客用鉄道の建設は1870年代から既に計画があったものの、実際に工事が始まったのは約30年後の1900年。1903年1月にまずシンガポール駅~ブキティマ駅間が開通し、同年4月にブキティマ駅~ウッドランズ駅間が開通しました。当時のブキティマ駅は、現在のブキティマ駅よりも1キロメートルほど西にありました。シンガポール駅はフォートカニング・パーク付近にあり、線路はオーチャード・ロードを横切ってニュートン・サーカス付近を通り、ブキティマ・ロード沿いを西に進んで、ブキティマ駅付近から北に向かって伸びていました。ウッドランズ駅は現在のコーズウェイの東側にあり、近くに船の停泊所がありました。マレー半島に向かう人や荷物は、ここで一旦船に乗り換えて反対岸のジョホールバルへ渡り、マラヤ連邦鉄道に乗り継いでいたそうです。また、1906年から07年にかけてシンガポール駅以南の鉄道敷設が行われ、タンク・ロードからチャイナタウンのピープルズ・パーク、タンジョン・パガーを経てパシ・パンジャンまで延伸されました。
この鉄道は、開業当初はシンガポール政府鉄道によって運営されていましたが、1912年1月よりマラヤ連邦鉄道に運営が移管され、1918年に土地とともに正式に売却されました。当時はシンガポールもマレーシアも同じ英国海峡植民地の一部。この約半世紀後にシンガポールが国家として分離・独立することも、そしてこの鉄道の土地が長らく両国間の懸案事項のひとつになることも、まだ誰も夢にも思っていなかったことでしょう。
ジョホール海峡を横切ってシンガポールとジョホールバルをつなぐコーズウェイ(土提)の工事が始まったのは1919年。その4年後の1923年にコーズウェイが完成し、ジョホール・バル駅~ウッドランズ駅間が開通しました。また、鉄道の南端では新たな終着駅であるケッペル・ロード駅―のちのタンジョン・パガー駅―の建設が進められ、1932年に完成。ブキティマ駅からケッペル・ロード駅までの線路が新たに敷設されて1932年5月に開通し、今年6月末までの運行ルートにほぼ近い形が完成しました。同時に、タンク・ロード駅からニュートン駅を経てブキティマ駅に至る線路は廃止されました。

それから79年後、2011年6月30日でタンジョン・パガー駅~ウッドランズ駅間も廃止され、シンガポール・マレーシア両国間の合意に基づいてKTM所有の土地はシンガポール側へ返却、代わりにマリーナ・ベイ金融センターに隣接する区画などがマレーシア側に提供されることになりました。タンジョン・パガー駅の駅舎は国の記念建造物に、ブキティマ駅の駅舎は保存建築物に指定され、線路はレールが順次撤去されます。線路の跡地は緑豊かな遊歩道として整備を望む声が上がっています。

Singapore Railwaysというサイトには、シンガポールの鉄道の歴史が詳しく記録されています。主はスペイン在住のマルコーム・ウィルトン・ジョーンズ氏。1960年代~70年代にかけて航空電子技術者としてシンガポールで勤務していた頃などに撮影した写真とともに、新聞や資料、文献などから長年かけて集めた情報を公開しています。「多くの国で鉄道の歴史を記録したものがあるのに、シンガポールのものは見当たらなかったから、自分がやろうと思ったんだ」と語る氏の記録を覗いていると、鉄道の歴史から1世紀前の植民地時代や独立前のシンガポールの生の姿が浮かび上がってくるようです。