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朝・昼・夜の食事も、お茶で一服も コーヒーショップで

シンガポールをはじめ、東南アジアの多くで見られる「コーヒーショップ(coffeeshop)」は、その言葉の響きから想像するものよりもずっと幅広く、メニューの内容もバラエティ豊か。共通するのは、「コピ(Kopi)」と呼ばれるコンデンスミルク入りの濃いめのコーヒーを出すことぐらい、と言っても過言ではありません。

白いシャツに黒っぽいハーフパンツという昔ながらのいでたちの男性が、昔ながらの方法でコピを淹れている。地元の人々にはなじみの風景。

 

コピはマレー語でコーヒーの意。これに「店」の福建語読み「ティアム」(Tiam)が組合わされて、コピを出す店が「コピティアム(Kopitiam)」と呼ばれるようになりました。19世紀半ばから、海峡植民地での労働力を求めていたイギリスの奨励もあって、多くの移民が主に中国南部からマレー半島やシンガポールへやって来ましたが、中でも多かったのは福建人。「コピティアム」の言葉にも、彼らの影響が伺えます。もっとも、日常会話にも英語が浸透した現在のシンガポールでは一般的に「コーヒーショップ」の方が使われています。

コーヒーショップはシンガポール中いたる所にあり、その数は2,000件以上。多くの店ではコピ以外にもコンデンスミルク入りの紅茶「テ(Teh)」や、ライムジュース、サトウキビジュース、大麦から作られたバーリー、アイスティーなど様々な種類のソフトドリンクがあり、ビールなどのアルコールを置いている店もあります。ドリンク以外のメニューは店によって実にさまざま。カヤトースト、ロティプラタ、チキンカレー、ミーシアム、ラクサ、ナシレマ、チーチョンファン、バクテーなどなどのローカルフードがオンパレードという店では、中華系の人々だけでなくマレー系、インド系など異なる人種の人々同士が一緒に食事を楽しんでいる姿も珍しくありません。また、食べ物はフィッシュボールヌードルのみ、あるいはチキンカレーが専門、という店もあります。

朝からコーヒーショップを覗いてみると、通勤途中に立ち寄り、新聞を片手に朝食をとっている人々がたくさんいます。店のそばに新聞売りのスタンドもよく見かけます。朝食の後は今度は昼食目当ての客が集まってきます。午後遅い時間になっても、軽食をとる客や、仕事の合間にコピやテを楽しむ客の姿が。相手とざっくばらんに話せるから商談はコーヒーショップで、という人もいます。夕食、夜食、デザートと夜になっても遅くまで客足が途絶えません。コーヒーショップは日常的な食事の場として、あるいは井戸端会議ならぬ「コーヒーショップトーク」の場として、シンガポールの人々の生活に深く関わっています。

香港風のメニューを出すコーヒーショップ。多くの店では外壁がなく、店内にも軒先にもテーブルがずらりと並ぶ。

シンガポールの“国民的朝食”、カヤトースト、ハーフボイルドエッグ、コピの3点セット。

ヨーロッパとアジアの融合・カヤトースト

シンガポールのコーヒーショップで朝食の定番は、カヤトースト、ハーフボイルドエッグ、コピの3点セット。軽食としても人気があり、「シンガポールのナショナル・フード」とも言われるほど親しまれています。

19世紀後半以降、中国最南部・海南島からも多数の移民があり、その多くはイギリス船の調理場で働いていました。かつて船の上でイギリス人向けに作っていたトーストやコーヒーを売って生計を立てていた人々が海南島でも名物のココナッツと卵、砂糖で作ったジャム「カヤ(Kaya)」をトーストに使うようになり、「カヤトースト」として広く親しまれるようになりました。ちなみにカヤには、あめ色に煮詰めた砂糖の黄金色がきれいな「ハイナニーズ・カヤ」、材料や作り方はほぼ同じでパンダンリーフの風味が効いた鮮やかなグリーンの「ニョニャ・カヤ」の2種類があります。

シンガポールで一番古い海南風コーヒーショップといわれるのが、キリニー・ロードで1919年に創業したケン・ホーヘン・コーヒーショップ。海南人のオーナーが切り盛りする店で毎日手作りされるカヤ、炭火でこんがり焼いたトースト、自家焙煎のコーヒーが長年多くの客に愛されていました。1992年、国際金融ブローカーだった常連客のひとりが、自分と同じ海南系のこの店の味を守りたい、世代を超えて伝えられるようにしたいと同店を買収、コーヒーショップの運営会社となり、キリニー・コピティアムとしてフランチャイズ化しました。その後、同じく既存のコーヒーショップをフランチャイズ化したヤクン・カヤトーストをはじめ、特にここ5年ほどはトーストを売りにするチェーン店が続々と増えています。

コンデンスミルク入りのコーヒーが中華の小さなレンゲを添えたカップとソーサーで供され、トーストには海南由来のジャムが塗られ、トロトロのハーフボイルドエッグにはちょっと濃いめのソヤソースを垂らしてコショウを振りかける――これも「イースト・ミーツ・ウエスト」の形のひとつでしょう。

海南風カレーが売りのコーヒーショップ。朝早くから多くの客で賑わっている。