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南洋史を映す 日本製のプラナカンタイル

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プラナカンタイル・ギャラリー「ASTER BY KYRA」(www.asterbykyra.sg)のオーナー、ビクター・リムさん。ヨーロッパのマジョリカタイルや日本製のプラナカンタイルを展示する。中国やインド向けに日本で製造されたクジャクやヒンドゥー教の神々のデザインなども。

 

マレー半島やインドネシアには、南洋建築でプラナカン様式ともいわれる間口が狭く奥に細長い家屋のショップハウスが多くあります。1900~1940年代に建てられたこれらの建築物には、海外からの美しいタイルやレリーフ(浮彫)の装飾が施され、戦争や現代化の波にさらされながらも今にそのノスタルジックな姿を残しています。植物模様や曲線で知られるアールヌーヴォー調の絵柄タイルが多い中、鳥や小動物、花、果物などのモチーフをピンクや黄色、ターコイズブルーで彩ったタイルはプラナカンたちが伝統的に好んだデザインで、特に「プラナカンタイル」と呼ばれています。このプラナカンタイルのほとんどが、実は日本で製造され輸入されたものでした。プラナカン文化と日本の知られざる関わりがタイルにあったのです。

 

プラナカンタイルの故郷、日本

プラナカンタイルのルーツを探ると、近代にイギリスで量産された「マジョリカタイル」で、古典的な植物を華やかにデザインしたビクトリア様式や、ジョージアン様式のものにまで遡ります。20世紀初頭、イギリスで教育を受けたプラナカンの子弟らがその欧州の生活様式とともにマジョリカタイルをマレー半島へ持ち帰りました。プラナカン達は、それらのタイルをショップハウスの戸口周りやバルコニーなどの外装や内装に使用したほか、テーブルや本棚などの家具に埋め込んだりしました。第一次世界大戦後、ヨーロッパでのタイル製造が鈍化し、日本はイギリスからその製造機械を輸入してタイル製造を始めます。淡路島の淡陶社(現ダントー株式会社)や名古屋の不二見焼がその先駆けで、イギリスのデザインを模した多彩色なレリーフタイル、和製マジョリカタイルが誕生しました。特に淡路島では「珉平焼(みんぺいやき)」という焼物があり、伝統的に型を使って立体感のある陶器を制作していたため、その技術も生かされました。

 

Petain Roadにあるショップハウス。シンガポール島内で特に美しい装飾タイルは、他にもAng Shiang Hill、Balestier Road、Joo Chiat Road、Emerald Hillなどで見られる。 (写真提供:Victor Lim)

ヨーロッパ製に比べて安価で高品質な日本製のタイルは人気を得て、東南アジア、インド、中国などに盛んに輸出されていきました。一説には、マレー半島からプラナカンのデザイナーが日本のタイル工場を訪れ、シンガポールで人気となるデザインや色合いなどをアドバイスしたのだとか。地域に合わせたデザインの日本製のタイル、これがプラナカンタイルとなったのです。しかし第二次世界大戦が始まると、日本ではぜいたく品と見なされ、生産中止となりやがて姿を消していきました。

 

 

プラナカンタイルの語り部との出会い

「シンガポールで旧い建造物がどんどん取り壊されていった1980年代、がれきの中から美しいタイルを友人と拾い集める競争をした」と語るビクター・リムさん。ビクターさんは、当時のコレクションをもとに2万点ものタイルを持つギャラリー「ASTER BY KYRA」のオーナーで、今年9月にプラナカンタイルの概要を紹介する『Peranakan Tiles Singapore』を出版しました。同じ頃、フランスでのマジョリカタイルの国際会議にも招かれ、マジョリカタイルの流れを汲むプラナカンタイルは、ほぼ全て日本製であるという事実を共有したといいます。会議にはイギリス、ベルギー、フランス、ドイツ、日本など、マジョリカタイルに縁のある国々の専門家が集まり、現在ユネスコの無形文化財として登録申請するための準備を進めています。

 

「シンガポールには、イギリスや日本のほか、ベルギー、フランス、ドイツ製などのタイルを装飾に取り入れたショップハウスや建築物が多くあります。複数の国々からのタイルが同時期に使用された都市は他に見当らない。国際的な商業の中継地だった証ともいえます」。

 

今では1枚100Sドル以上の高値で取引されるアンティークのタイルがある一方で、多くの人に普段の生活に取り入れてほしいと、ビクターさんはインドネシアにタイル工場を持ち、実用的な複製タイルを生産しています。実際、そのタイルが保存地区のショップハウスや寺院の修復に役立てられ、レトロな雰囲気を出したいカフェやホテルなどにも重宝されているとか。自分はただのビジネスマンと笑いながら、次世代にこの文化遺産をどう継承するかが課題とビクターさんは熱く語りました。

 

ギャラリーでは、アンティークタイルの修復作業も手掛ける。洗浄から欠けたり色が剥げた箇所を直すまでに約60日間かかる。手に持つのは修復作業が終わったタイル。タイルの裏には「Made in Japan」と刻まれている

 

前掲のショップハウスにあるプラナカンタイルで、日本の不二見焼製(1915~35年)。ちなみに建物の入口両脇の壁にあるこのタイルの下部に配置された白い花のタイルは、ベルギーのGillot&Cie社製(1869~1920年) (写真提供:Victor Lim)