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色とりどりの新鮮食材が勢揃い「ウェットマーケット」

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ある日曜日の午前中にウェットマーケットを訪れてみました。屋根があるだけのオープンなスペースに小さなストールが何列も並んだマーケットの中は活気に満ちていて、移動するにつれてフルーツや野菜、魚介類、精肉、スパイスなど実に様々なにおいがしてきます。各ストールに控える店員は、何十年も同じ場所で商売を営んでいるベテランが多く、彼らの熱気と、良い品を探し求める客たちの熱気、南国の熱い空気が混じりあっていて、独特の雰囲気を作り出しています。

 

少し歩いてみると、目に入って来たのは肉の塊の大きな山。分厚いまな板の上で、大きな包丁を使って店の人が黙々と肉の塊をぶつ切りにしています。店によって扱っているのが鶏肉だったり豚肉だったり羊肉だったり。日本ではあまりなじみがないヤギ肉を取り扱っている店もあります。隣の列には、魚介類を扱う店が並んでいます。どの店でも氷を敷き詰めた台の上にいろんな種類の魚がずらり。形も大きさも様々で、見慣れない種類の魚もたくさんあります。シンガポール名物のチリクラブに使われるスリランカクラブを扱うお店なども。

 

さらに進んで違う列に行ってみると、店先の大きな台の上からその足元、さらには店の奥の棚にも野菜が所狭しと並んだ店がいくつもあります。台や棚だけでなく、店先にもビニール袋に入った新鮮な野菜がたくさんぶら下げられている店も。地元のスーパーマーケットでもあまり見かけない珍しい葉物野菜が何種類も積まれ、色とりどりの野菜がにぎやかに並んでいます。果物屋には様々な種類のトロピカルフルーツが並んでいてこちらも色鮮やか。卵専門、あるいはココナッツ専門といった、特定の商品だけを扱うお店もあります。

 

「ドライ」になったウェットマーケット

シンガポールに来たばかりの頃に「ウェットマーケット」と聞いて何が売られているのか見当がつかず、不思議に思いましたが、「ウェット」を外して「市場」だと考えれば妥当。生鮮食品を取り扱うウェットマーケットは、シンガポールだけでなくアジア各地にもあります。「ウェット」が付くのは文字通り床が濡れているから。野菜を洗った水や、魚をさばいた後きれいにするための水、あるいは氷が溶けて流れたり、床をきれいにするために水が撒かれたりして、結果的に常に床が濡れている状態に。もっとも、国家環境庁によるホーカーセンター整備プログラムが2001年に実施される以前の床は、もっとビショビショだったとのこと。昔を知る人に言わせれば、ウェットマーケットもずいぶん「ドライ」になったそうです。

 

シンガポールでウェットマーケットが初めてできたのは19世紀。1825年にシンガポール初のウェットマーケット建設を指示した人として、スタンフォード・ラッフルズ卿の名前が登場します。彼の指示でチャイナタウンに作られたウェットマーケット第1号は、残念ながらしばらくしてすぐに取り壊されてしまったそうです。居住者が増えるにつれて各地にウェットマーケットも増え、庶民が日常の買い物をする場として長年親しまれてきました。

 

近年は、屋内で空調の効いたスーパーマーケットが増え、共働きなど忙しい人々にとっては便利であることから、特に若い世代では「ウェットマーケット離れ」が進んでいると言われています。また、昔から地域の住民に親しまれてきたウェットマーケットが、再開発のために取り壊されていくつも消えていきました。

 

最近、シンガポールの伝統を伝える場所としてウェットマーケットが見直されつつあります。国家遺産庁が今年1月にプロジェクトを立ち上げて、ウェットマーケットの歴史や変遷を調査し始めています。また、今後10年間でウェットマーケットを併設したホーカーセンターが10ヵ所作られる予定です。

 

様々な民族の人々が集まり、様々な食文化に対応した食材があふれるウェットマーケットは、シンガポールという多民族国家を色濃く反映している場所のひとつ。これまでは国家の経済成長を最大の目標に、古いものを壊して新しいものを作ることを厭わなかった部分も感じられました。しかし、古いものの価値が見直されることは、国としての奥行きが一段と深まり、シンガポールの魅力が増すことにもなるでしょう。