「第二次世界大戦前後、現在のチャンギ空軍基地が英国空軍基地だった頃、この周辺に英国兵の居住地とクラブハウスがあって、ここへ人々が移り住み始めたんだ」と、この地で生まれ育ち、チャンギビレッジロード沿いのブロック5にあるカフェ「HANAMCO(ハナムコ)」と「チャーリーズ・コーナー」(※改装のため2013年まで休業中)のオーナ−であるチャーリー・ハンさんは回想します。
チャンギビレッジのカフェ探訪
中国海南島出身のチャーリーさんの祖父と父は、「ミルクバー」と呼ばれるカフェを40年代に開き、以来親子3代でチャンギビレッジで飲食店を営んできました。商用船の調理師として働いた父は、ロンドンで西洋料理の修業を積み、その知識と技術を活かして、海南人の多くがそうしたように、祖父と飲食店を開業したのです。
1979年にチャーリーズ・コーナーと店を改名しながらも、当時ミルクバーの常連客に愛され、職人気質で礼節に厳しかった父の気質とレシピを共に受け継ぎ、自らは50フィートのボートで海へ釣りに出かけることが趣味というチャーリーさん。現在成人した子供達が、4代目の後継者となるべく店に立つ姿に満足そうです。
次女のジョイスさんと長男のケンさんは、「コロニアル•ウエスタン」と呼ぶ家族代々の味に絶対の自信を持ちながら、今の世代の人が気軽に集まれる場にしたい、と次世代としての抱負を語ります。とはいえ今は修行の身、「未だに父は、祖父からの秘伝のレシピや肉の下ごしらえの方法を教えてくれないんです」と姉弟は顔を見合わせて笑います。
チャーリーさんのカフェの2軒先には、チャンギビレッジ商工会長を務めるリム・トゥスーンさんが経営する西洋家庭料理の店「ジェイコブズ・カフェ」があります。同じ海南人のチャーリーさんとは親しい仲で、25年間のエンジニアとしてのキャリアの後、まず同じ場所で商店を営み、2000年からカフェを始めました。同じくエンジニアだった奥さんと夫婦2人で、店を切り盛りしています。旅先や常連の欧米人から習った欧米家庭料理を忠実に再現しつつ、自らの海南料理もメニューに盛り込み、誰もがほっとできる家庭的な食と雰囲気が自慢です。
敬虔なクリスチャンでもあるトゥスーンさんは、カフェを始めてからのチャンギビレッジでの出会いや経験を一冊の本にまとめて出版するなど、コミュニティーの語り部としての役割も果たしており、その気さくな人柄に魅かれて話し込む常連客も多いといいます。
古き良きを守ることと、時代と共に進化すること
まるで「西部劇のゴーストタウン」のような時代もあったというチャンギビレッジに、現代の新風を吹き込んだのは、まさにこの2人のカフェ経営者たち。アンサナの木陰の通り沿いには、今でこそ居心地のいいアルフレスコのカフェやバーが立ち並びますが、以前この一角は商店のみで飲食店の経営が認められていませんでした。商工会の代表として国会議員や国に掛け合い、飲食店経営の許可を勝ち取ったり、建物の路肩などの整備を国にアピールしたりと、一歩づつ現在の姿に近づく努力をしました。
その一方で、60年代の往時、チャンギにかつて駐屯していたという退役英国軍人やその家族が、当時のミルクバーの写真を携えてこの地へ訪ねて来れば暖かく迎え入れ、当時の人脈を繋ぐ連絡先になるなど、歴史を今に引き継ぐ役割をも果たしています。
ビールを片手に日々紡がれるチャンギビレッジのストーリーをあれこれ聞いていると、日も暮れて行きます。目下、ビーチ沿いの一角が年末の完成を目処に再開発されるなど、着実に存在感を増す途中にあり、シンガポールのライフスタイルの多様化にも見合う、注目のエリアになりそうです。