ホール設立から133年、シンガポールの発展とともに
総工費750万シンガポールドルをかけて昨年完成した改装工事により、老朽化した電気系統や内装が修繕され、新たに別館も完成。建物内には、テンプルと呼ばれる講堂、今後展示ギャラリーになるというステンドグラスで彩られた回廊、会員のみが利用できるバー、オフィスなどがあります。
中でも、メインのテンプルには厳かな雰囲気があり、世界中のフリーメイソン・ホールに共通する市松模様のフロアに星空がペイントされたドーム、東の方向に据えられたランクの高いメンバーが座するチェンバー、四方の壁には、この地域の歴代のロッジ(支部)の長の名前が刻まれています。
世界規模のネットワークと伝統的な相互扶助の精神、そして会員であることが社会的なステータスでもあったことから、シンガポール創成期に関わった著名な欧米人達の中には、多くのメイソンがいて、シンガポールを見出したトーマス・ラッフルズ卿もその1人です。
1845年にシンガポールで初のロッジが設立され、後にアジア人会員も増えていきました。第2次大戦中の日本軍占領時代は、フリーメイソン・ホールのテンプルは、家具のすべてが取り除かれ、米を備蓄する倉庫に使われたとか。終戦後、ロビンソン・デパートの社長だったメイソンから現在の家具類が寄付されたんですよと、今回案内してくれたメイソンで血液の専門医でもあるロナルド・ンさんは言います。
このホールは、シンガポール、マレーシア、タイにある28ロッジの地域統括本部とされ、年次総会など重要な会合には、皆タキシードの正装で参加します。また、海外からのメイソンの訪問も随時歓迎されています。
世に開かれたフリーメイソンへ
70年代の最盛期には1,500名いたシンガポールの会員は、現在約500名ほど。世界的な会員数の減少と逆行して、その独特の儀礼や守秘義務などの神秘性から小説や映画を通して都市伝説化され、フリーメイソンの名だけが先行している中、多くを語らない従来の姿勢から、組織として正しい理解を促す方向へ少しずつシフトしていると言います。信仰や集会結社の自由、人種や階級を超えた平等がなかった時代に、人道主義的な「自由」、「平等」、「友愛」を信条として、フリーメイソンが誕生しました。その存続のために、会員は秘密を守り、組織は閉鎖的にならざるを得なかったと説明しながら、「フリーメイソンは、ロータリークラブの祖ともいわれますが、根本的な方針は異なります。我々は、人類愛や自らが信じる絶対的存在などの哲学的な探求を積みながら、お互いを助け合うためのもので、政治やビジネスの話しはタブーなんですよ」と、ンさん。対外的に、メイソンは慈善活動に積極的に関わることが求められます。実際、フリーメイソンによる募金額は世界的に見ても毎年相当な額に上ります。
多くのシンボルがそれぞれ意味を持つように、長い歴史の中で培われた叡智がある奥深いメイソンの世界。更に興味をそそられつつも、この先は、会員に認められた紳士、メイソンとなってこそ、学べる領域となります。