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財閥タイガーバーム総裁夫人、胡暁子さんの栄華を偲ぶ遺品

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アジア最大の財閥だったタイガーバームの3代目総裁、胡一虎氏に嫁ぎ、シンガポールで最も有名な日本人女性として、世界を舞台とした活動や華やかな容姿が注目を集めていた胡暁子(おう あきこ)さん。ビジネスだけでなく福祉や難民救済、慈善事業に取り組み、赤十字の仕事にも奔走していましたが、晩年は日本で静かに過ごされ、一昨年10月に急逝が伝えられました。

 

暁子さんはシンガポールにたくさんの遺品を遺していますが、現在それらはキャッシュ・コンバーターズを経営するシンガポール生まれのイギリス人男性ジェレミー・テイラー(Jeremy Taylor)さんによって保管されています。段ボール箱900個にのぼる遺品の数々に、暁子さんの華麗な人生がうかがえます。

 

中国、香港、日本、西欧の家具や食器、装飾品の数々
世界を旅した故人の膨大なコレクション

胡暁子さんの遺品は、体育館のような倉庫の一角を占領していました。螺鈿の家具や中国製と思われる細工が施された食器棚など家具だけでも数十点。ウエッジウッドのティーセットや有田焼の食器、茶器やテーブルウエアもおびただしい数にのぼります。広いお屋敷で大勢のお客様をもてなした品々に違いありません。壺や花瓶も中国風のものからヨーロッパのガラス製品などさまざまです。ティファニーの時代物の柱時計。等身大のギリシャ彫刻風裸像。中国の神様を祀る供物台。漆塗りの化粧道具。家康の言葉をつづった竹。タイガーバーム・ガーデン(現ハウパーヴィラ)を彷彿させる虎の置物。シンガポーリアン画家のチュア・ミアティー(Chua Mia Tee)が描いた絵画など、美術品も蒐集されていたようです。今は輸出が規制されている象牙の彫刻もあって、金の装飾を付けた象のデコレーションにはサファイヤ、エメラルド、ルビー、ムーンストーン、パールなどが散りばめられており、数千ドルの価値はありそうです。

 

読書家だった暁子さんは本もたくさん遺されています。2〜3箱開けてみると、日本語の本だけでなく中国語、英語の本も数多くあり、語学が堪能だったことがわかります。真紅の表紙の分厚い本は源氏物語絵巻のレプリカでした。「小面」と書かれた桐の箱を開けてみると、中から出てきたのは能のお面。お歯黒が少し剥げかかってはいるものの、保存状態は良いようです。すべてを見るのは不可能ですが、暁子さんの遺品だけで骨董店を一軒開けそうでした。

 

次世代の日本人女性へ贈る「国際人のパスポート」

額に入った写真や大小のアルバムも数多く、若き日の暁子さんのポートレートはどれも素敵で見とれてしまいます。チャイナドレス姿のものが多く、中にはマキシムで食事をした時の記念写真や、米国のジミー・カーター元大統領夫人ロザリン・カーター氏と一緒のスナップもありました。世界各国の要人と交流があったという胡一族の華やかな暮らしぶりの一端が見られます。いったい暁子さんは戦後、どのような経緯でシンガポールに渡って来たのでしょうか。

 

彼女のオフィシャルブログによると、前のご主人(香港人)と離婚された後、シンガポールにいた友人に勧められて横浜から乗ったフランス客船の中で、胡一虎氏と運命的な出会いをされたそうです。初めてのデートでご家族を前にプロポーズされた、というエピソードもご自身が語っています。「その頃の日本人女性は世界一の花嫁候補と呼ばれていました」と暁子さん。「でも今の日本女性は心の美しさを忘れています」と苦言もはっきりおっしゃっています。

 

日本人の国際的な地位が向上しないことを憂えて、40年にわたり世界の中の日本をテーマにご自身の考えを語ってこられました。それは著書『国際人のパスポート』にもつづられていますし、さらに『晴れもよし、雨もまたよし』、『日本人が知らない「日本の姿」』も上梓されています。DVD『日本人の意識改革』は、日本を海外から見つめ続けてきた故人の洞察力の賜物でしょう。

 

胡一族の“ファーストレディー”として財閥を支えながら、数十の会社を経営し、シンガポール赤十字社副総裁などを務め、暁子さんは東南アジアと日本の架け橋として相互理解を深めてきました。その功績が認められ、1989年には日本より紫綬褒章を受賞、その後も多くの勲章を授けられています。

 

そんな輝かしい経歴を持ったビジネスウーマンでしたが、84歳で亡くなられる直前まで女性らしい思いやりを持ち続けていたと言われます。講演やブログの中ではチャーミングな笑顔で国際結婚について、あるいはパートナーと良い関係を築く秘訣についてユーモアたっぷりに語っています。

 

倉庫の中の遺品を改めて見渡すと、持ち主を失った物の数々が静かに語りかけてくるような気がしました。「相手をたて、自分もたつ」。「やさしいいたわりの心がないと愛は育ちません」。暁子さんが後につづく日本人女性に贈った数々の言葉が響いてくるようです。