ザ・へリックスは、シンガポール川河口に歩行者専用の橋を架け、マリーナ・ベイ地区の水辺をぐるりと取り囲む遊歩道(約3.5キロメートル)を完成させる、という都市再開発庁(URA)による計画の一部として建設されました。公募された橋のデザインにはいくつもの要件がありました。都会的で美しいデザインであること、耐久性や保守性に優れていること、一直線ではなく緩やかにカーブを描いたものにすること、並走する車両通行用の橋の重厚感と対照をなす繊細で軽やかな印象を与えるものにすること――これらの要件をすべて満たすものとして提案されたのが、DNAを模した二重らせん構造。オーストラリアとシンガポールの建築設計事務所が共同作成した案で、2006年に国内外から応募された36の提案の中から選ばれました。
このプロジェクトでは、構造設計で世界的に有名な企業がコンサルタント・チームを形成、施工は日本の総合建設会社・佐藤工業が手がけるなど、様々な国の企業や人材が関わりました。国籍を問わず最先端技術の粋を集めることにより、世界初の二重らせん構造という画期的なデザインの橋が実現されたのです。
近未来的なデザインで訪れる人々を魅了
浮体施設「ザ・フロート@マリーナ・ベイ」のスタンド横にある階段を上がると、橋の北側の端にたどり着きます。らせん構造の中は橋全体がカーブしているために歩いていても先があまり見えず、近未来的なデザインとも相まって「この先には何があるんだろう?」とちょっとわくわくした気分に。
橋の途中には、楕円形の展望スペースが4ヵ所に設けられています。それぞれ100人収容可能で、マリーナ・ベイ地区全体はもちろん、中央商業地区(CBD)を象徴するシェントン・ウェイの高層ビル群まで一望できます。
夜になると、多色LEDライトが二重らせん構造を美しく浮かび上がらせます。ライトはコンピュータ制御で、イベントなどに合わせて色を変えることも可能。橋を歩くと、足元に丸い明かりが2つずつ並んでいます。よく見るとアルファベットのcとgのペアと、aとtのペアがあります。DNAを構成する4つの塩基を表したもので、それぞれシトシン(cytosine)とグアニン(guanine)、アデニン(adenine)とチミン(thymine)に対応。この組み合わせで水素結合し、DNAの模型などでよく見られる鎖状が形成されます。DNAに着想を得たデザインの橋であることがこんなところでも表現されています。ちなみに、通常DNAは右巻きですが、ザ・へリックスは左巻きです。
全長280メートルと端から端までゆっくり歩いても5分ほどで渡れるこの橋は、決して広く知られた存在ではありませんが、「シンガポール・フライヤーからマリーナ・ベイ・サンズへ向かって歩いていたら、思いがけず面白い橋があった」と喜ぶ観光客も多いようです。目まぐるしく姿を変え続けるマリーナ・ベイ地区の中で、これからもきらりと輝きを放ち続けることでしょう。