AsiaX

ピューターの鈍色の輝きを生み出すマイスターたち

スクリーンショット 2015-07-02 12.37.04シンガポールの土産物店を訪れると、味わい深い鈍色(にびいろ)の輝きを放つピューターのゴブレットや飾り皿、置き物などをよく目にします。ピューターとはスズ(錫)を主成分とする合金。2000年以上前の古代ローマや中国でもピューター製品が作られ、その優美な輝きが愛でられていました。

数十年前にはシンガポールにもピューター工場がいくつもありました。その時代を知る、今やシンガポールで唯一のピューター工場を持つ地元企業がフェニックス・ピューター(Phoenix Pewter Pte Ltd)です。

 

ピューター製品へのニーズの変遷

フェニックス・ピューターが設立されたのは1980年。その頃シンガポールでピューター製品の買い手は主に外国人観光客でした。同社のスティーブン・タンさんによると、1980年代から1990年代にかけては特に日本人の団体観光客に人気でした。「1人が購入すると、みな同じものを求めるので、特定の商品がまとめて売れてしまう。店から補充の注文が入って慌てて届けに行ったこともよくありました。飾り皿や置き物などが人気でした」。

 

その後1990年代後半から2000年代の主な買い手は中国人の団体観光客。「彼らも、1人が購入すると、やはりみなが購入しようとするのですが、他の人が選んだものと別のものを求めていました。置き物などより実用的なマグカップなどが人気でした」。

 

最近では、国籍を問わずさまざまな国々から訪れる観光客がピューター製品を購入していますが、その数はピーク時に比べるとかなり少なくなっているようです。

 

シンガポールで最後のマイスターたち

ベドックの工業団地内にあるフェニックス・ピューターの工場の入り口には看板がありません。かつてライバル企業が数多く存在していた頃、同社の技術を盗み見ようと同業者が工場を探して来ることがあったため、目立たないように敢えて出さなかったからだそうです。

 

 

現在、大量生産品はタイの工場で生産。シンガポールの工場では、企業や政府機関が特別な機会に作る記念品や、各種スポーツ大会の賞品などのオーダーメイドに対応、金型からひとつひとつ職人が手作りで製作します。同社のピューターは、スズ97%、アンチモン3%の合金。スズにアンチモンを入れる手法は18世紀のイギリスで開発され、ブリタニアメタルとも呼ばれます。

 

 

溶かしたピューターを金型に流し込む工程では、まず鉄の金型や柄杓を炉の中で1〜2分間熱します。この道25年以上という職人が炉から取り出した金型を台の上に組み上げると、柄杓ですくったピューターを少しずつ流し込み、ゆっくりと水の中に沈めて冷します。冷却完了後、小ぶりなハンマーを使って金型を外すと、中からは美しい銀色に近い輝きを見せるピューターが。この後、研磨や溶接などの工程を経て完成します。

 

 

この工場にある機械のほとんどは自社開発。例えば、飾り皿の縁の研磨で使用する機械は、皿を固定して高速で回転させますが、皿を何かで掴む構造にすると傷ついてしまいます。そこで、同社では機械の内部から強力な力で皿を吸引して機械に固定しています。この機械を設計・製作したのは実はスティーブンさん。5名いる職人はみな熟年世代で、うち3名はスティーブンさんの兄達。「金型作りから製品の仕上げまで一連の工程をすべて自分達でできる技術力があったから、今も生き残っているんだと思います」。

 

 

今のところ同社の後継者は未定。「細かい手作業で楽な仕事ではないので、自分や兄の子供達もやりたがらないんです。工場からも職人がどんどん減って、今じゃ機械の数の方が多いぐらい」。それでも自分達の手で生み出すメイド・イン・シンガポールのピューター製品を少しでも長く作り続けられるようにと、新たな市場開拓にも奮闘中。シンガポールで最後のピューター・マイスターたちの挑戦はまだまだ続きます。