南天の夜空を代表する星といえばやはり南十字星。国際天文学連合が定めた88星座の中で一番小さい星座・南十字座(Crux)としても知られています。大航海時代以降、暗い夜空の中で天の南極を指し示す星として船乗りたちに親しまれてきました。また南十字星は、オーストラリアやニュージーランド、ブラジル、パプアニューギニア、サモア独立国など南半球の国々の国旗にもあしらわれています。
マレーシアやインドネシアでは、南十字星のことをブルジ・パリ(Buruj Pari)と呼びます。ブルジは星座、パリはアカエイの意味、つまり“アカエイ座”です。ヨーロッパでは十字に見立てられた4つの星の並びが、東南アジアのこの一帯では平べったい体に長い尾を持つアカエイの姿になぞらえられたようです。
シンガポールで見る南十字星
南十字星は、日本ではほとんど観測できないにも関わらずその名は広く知られています。天の川を銀河列車が旅する宮沢賢治の小説『銀河鉄道の夜』で旅の終わり近くに多くの乗客が降りていったのも“サウザンクロス”でした。南十字星は、大正時代から昭和初期にかけての文学作品などに見られる南洋への憧れの象徴であったことも少なからず影響していると考えられます。
一方、南十字星を観測できるシンガポールではというと、「船関係の人以外は、あまり関心がないでしょうね」と語るのは、シンガポール天文学会(The Astronomical Society of Singapore、以下TASOS)の会長を務めるアルバート・ホーさん。子供の頃、兄の小さな望遠鏡で日本ではすばるの名で知られるプレアデス星団を初めて見て感激し、天文に興味を抱くようになったそうです。
シンガポールで南十字星を見るのに良い場所としてアルバートさんが勧めるのは、シンガポール本島の8kmほど南にあるセマカウ島。トゥアスのごみ処理施設で燃やされた灰など廃棄物の埋立処分場がある島です。個人で島に渡ることはできませんが、環境庁や認可を受けた団体が主催するバードウォッチング、スポーツフィッシング、天体観測などのツアーに参加する形であれば誰でも行くことができます。
TASOSでもセマカウ島での天体観測ツアーを年に数回実施。5月中旬に実施されたツアーでは天候にも恵まれ、天の川がきれいに見えたとのこと。もちろん南十字星の姿も捉えることができたそうです。
8月後半以降、シンガポールの夜空で南十字星の姿を見ることはしばらくできなくなります。次に見られるようになるのは11月の初めごろ、朝5時頃から南十字星が上り始めるのを見ることができます。クリスマスから年末にかけての時期には、朝6時ごろちょうど南中した南十字星を見ることができます。その後は1ヵ月で約2時間ずつ南中の時刻が早まっていくので、夜間見るには4月前半まで待つことになります。
南十字星への憧れは、南の夜空に輝くその姿を見ることができる機会が限られているところにもあるのかもしれません。