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100年後に今ある文化財を継承するために

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シンガポールで歴史や文化を知る最適な場所といえばシンガポール国立博物館、シンガポール美術館、アジア文明博物館、プラナカン博物館などで、それらは国家文化遺産庁(NHB)が管轄している機関です。博物館を訪れて1度に見られる展示品は、国宝を含めたNHBのコレクションのごくー部。現在NHBは、合計で15万点ほどのコレクションを所有しています。それらを一手に預かり管理しているのが、ヘリテージ・コンサベーション・センター(HCC)です。

 

 

 

アジアで最大級、かつ最新の技術を備えた収蔵庫

シンガポール西部のジュロン工業地域の一角にあるHCCは、6階建てで総面積はサッカー場2面がすっぽり入る20,940平方メートルもの巨大な建物。2000年に開館した当時、すでに8万点あったとされるコレクションは増加の一途をたどり、2010年に2階分相当の収蔵スペースを増築し現在の規模になりました。1993年にNHBが設立されてから、作品の寄付や贈与が増え、旧国立博物館や島内数ヵ所に保管されたものの、場所によって保存状態が異なり、湿度や気温などの自然作用に任せて作品が傷む一方でした。その状況を解決するため、2,250万Sドルを投入してHCC設立の運びとなり、全コレクションが一括管理されるようになったのです。今では個々に登録番号を付け、サイズや特徴などを細かく記録、必要であれば特別な技術を用いた害虫駆除の処理を施したり、傷んだ作品は修復師によって修復されています。収蔵庫に収まるまで多くのスタッフの手を介し緻密な作業が施されていることは言うまでもありません。

 

 

修復師の仕事場から

HCCには、収蔵庫のほか、コレクションの管理部門と、絵画、テキスタイル、紙、家具や金属製品などの立体物の修復作業を行う保存修復部門があります。ラボには約30名の修復師がいますが、テキスタイル部のリーダーは、日本人修復師の小松未来さん。「修復の仕事は、作品の美的・概念的・物理的オリジナリティーの保存、必要最低限の介入、修復処理の可逆性が三大原則です。我々は100年先まで現在の状態で作品を保てるようベストを尽くす。その頃には技術が進み、作品から何か歴史的発見ができたり、更にいい状態で修復し直すことが可能になるかもしれないからです。歴史的に貴重な作品に間近で関われる喜びと同時に責任もあります。」

 

 

修復師は手を動かすだけの職人ではなく、作品の記録、修復の計画立案と実行、保存方法の決定、展覧会開催時にはキュレーターと共に作品をベストな状態で展示する方法を考えます。そのため、科学や美術史・美術批評を理解し、インターンを含む修復の実践的教育を経て、一人前になるには10年かかると言われる専門職です。シンガポールには修復師を育成する教育機関がなく、海外から専門家が招聘されたりシンガポール人修復師のアシスタントを海外へ研修に送るなどして、国内の修復師を育てる努力がされています。

 

 

近年HCCの取り組みを展覧会と共に紹介する機会も増え、修復の仕事に興味を持つ人も。取材に訪れたこの日、出版社でライターをしていた20代のシンガポール人女性が、特殊な針と糸で初歩的な縫い方を練習する姿がありました。アジア文明博物館の展覧会でインタビューしたのをきっかけにこの職業を目指すことにしたとか。「奥が深く、何より大好きなアートと歴史のそばで仕事ができる」と目を輝かせて語ってくれました。