「シンガポールにも温泉がある」と言うと、日本や台湾の温泉地をつい想像してしまうのか、日本人だけでなくシンガポール人からも大きな反応があるのですが、残念ながら湯船に浸かれるわけではありません。とはいえ、センバワン・ホット・スプリングはれっきとした天然温泉。近隣に住む人々などが主に足湯を楽しんでいます。
場所はシンガポールの北部、MRTイシュン駅から1キロメートルほど離れたガンバス・ロード沿い、センバワン・ロードとの交差点からすぐの所に入口があります。センバワン空軍基地の一区画であるため、入口の左手に掲げられた赤いボードには国防省からの注意書きが英語、タミール語、中国語、マレー語で記されています。フェンスの上には鉄条網。関係者以外が本当に足を踏み入れて良いのかと一瞬迷うほど物々しい雰囲気です。
広大なパイナップル農園の中で発見された天然温泉
1921年、東南アジアで飲料ビジネスを展開していたフレーザー・アンド・ニーブ(F&N)が、シア氏の会社とその所有地を買収。1933年には当時の最新機器を導入した新工場に建て替えられ、ボトル入り温泉水が“SINGA”の名で海外へも輸出されるようになりました。
1943年にシンガポールを占領した日本軍も、天然温泉の存在はやはり見逃さなかったようです。入浴施設が作られ、軍幹部たちの憩いの場となっていました。その幹部たちを狙って、1944年11月に連合国軍が空爆。その影響で温泉もしばらく止まってしまいました。戦後10年以上経って再び少しずつ湧き出し、温泉水目当ての人々が集まってくるように。験担ぎに温泉を浴びてから競馬を見に行くことがはやった時期もあったそうです。
温泉の湧出量が回復するのを待ってF&Nは1960年代半ばにボトリング工場を建設、その子会社によってボトル入り温泉水が生産されました。また、周辺一帯を、温泉場を含む複合娯楽施設として開発する案が2度ほど浮上。しかし、地質調査でも温泉源が特定できなかったことなどから、お蔵入りとなってしまいました。
1985年にこの一帯を政府が軍用地として取得すると、「温泉だけは一般の住民が利用できるようにしてほしい」という要望が多数寄せられました。そこで、レンガ壁で井戸を囲い、パイプを設置する工事が行われて、2002年より一般に無料で開放されています。
軍用地の中にある憩いの場
蛇口をひねってみると、温泉水が勢いよく出てきます。ただし、摂氏60度以上とかなり高温で、気温35度近い炎天下でも湯気が上がるほど。多くの人は、お湯をバケツに汲んでしばらく放置し、ある程度冷ましてから足を浸しています。平日の午後には学校帰りに立ち寄って、全身ずぶ濡れになって遊ぶ子供たちの姿も。
1世紀以上にわたってさまざまな人々を癒してきた温泉は、シンガポールのちょっと変わったオアシスとして今も人々に親しまれています。