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文化発信基地の輝き今も「ブラスバサー・コンプレックス」

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「本好きが集まる街」として知られるブラスバサー・コンプレックスは、書店や楽器店、画材店などの各種専門店が並ぶ地上4階(一部5階)建てのショッピングセンターです。ラッフルズ・ホテルに近接するシティエリアに、1980年にオープン。周囲に学校が多く、若者が集まる最先端のスポットとして栄えました。オープン時から入居する店の1つが、シンガポール各地にチェーン展開する書店「Popular」。2005年に2階から5階までを占める大規模な旗艦店としてリニューアルし、文房具やCDなど豊富な品揃えを誇ります。

 

ブラスバサー・コンプレックスのオープンから35年近くが経過。古書や希少本を扱う古びた店や、小さな雑貨店が並ぶ現在の姿は、ノスタルジックな雰囲気を漂わせます。一方で、最先端の店も。工業製品の試作や模型などを簡単に作ることができる3Dプリンターが店内で使用できる「SIMPLIFI3D」は、昨年新たに出店。店内には樹脂でできたフィギュアや模型などが山と積まれ、ソファーで客同士が情報交換する光景が見られます。

 

デザインの本はここで。「Basheer Graphic Books」

グラフィックやアニメ、建築、写真など各種デザインやアートの専門書店として、根強い人気を誇るのが、4階に店を構える「Basheer Graphic Books」。今年7月、在庫一掃のため20〜80%オフという思い切ったセールをフェイスブックで告知し、同時に売り上げが低迷する書店業界の現状を嘆く投稿をしたところ、「すわ、閉店か?」と早とちりした多数の熱狂的なファンが押し寄せる「事件」が発生しました。店主のアブドラ・ナサー氏は「やめる気は今のところない。驚いたけれど、本当に勇気づけられました」と苦笑交じりに話します。「確かにオンライン書店の攻勢で経営は厳しい。私も毎日、辞めようかなとチラッと思いますが、お客さんを迎えた1日の終わりには『やっぱり続けよう』と思い直します」。

 

 

人気のある写真家、建築家の作品集などを仕入れることはもちろん、アブドラ氏はロンドンやフランクフルトの大規模なブックフェアに出かけて行っては、気鋭の新人の作品を発掘し、店頭に並べます。しかしそれ以上に重要なのはデザイナーを中心とする常連客とのコミュニケーションだそう。「お客さんはいつも『こういう本はない?』『最近気になっているデザイナーがいるんだけど』と私にアイディアをくれる。お客さんの声を聞いて、常に変わり続けること。それが、オンライン書店に負けない価値じゃないでしょうか」

 

青春の新谣(シン・ヤオ)

ブラスバサー・コンプレックスは、80年代にシンガポールで流行した「新谣(シン・ヤオ)」の聖地でもありました。シン・ヤオとは、台湾のフォークソングに影響を受けて80年代前半から始まったシンガポールの中国語歌謡曲のこと。中国語で教育を受けた最後の世代の学生たちが、自ら作詞作曲も手がけ、仲間たちと集まっては車座になって歌い明かすという若者文化として発展しました。人気の曲の歌詞には、ジュロン工業地帯、SMRT、HDBなどが散りばめられていたり、福建語と広東語が入り混じっていたりと「シンガポールらしい」要素がふんだんに取り入れられ、若者たちはシンガポールへの「地元愛」を強く刺激されたそうです。

 

 

当時、人気歌手が新曲のカセットテープを発売する際、プロモーション会場として頻繁に利用されたのがこの場所でした。現在、シン・ヤオを主題にしたドキュメンタリー映画「The Songs We Sang(我們唱著的歌)」(エバ・タン監督)の撮影が進んでおり、今年7月、その撮影の一環として入場無料のコンサートがブラスバサー・コンプレックスで開かれました。集まった観客約1,000人が吹き抜けの会場を埋め尽くす大盛況。エバ・タン監督は「反響はすさまじく『忘れられない』といった声が多数寄せられました」と話しました。

 

 

「ここにしかない」物や体験を求めて、ブラスバサー・コンプレックスは、今も感度の高い人々が集まる文化発信基地のようです。