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新旧の調和が生み出す美「シンガポール美術館」

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人や車が賑やかに行き交うブラスバサー・ロードの一角。ヨーロッパ風のクラシカルな外観が目を引く建物が静かに佇んでいます。カトリックの名門男子校、セント・ジョセフ学院として使われていた建物を修復し、1996年に開館したシンガポール美術館です。

 

3000万Sドルを投じて校舎を美術館に転用

 

セント・ジョセフ学院は、ラ・サール修道会の神父、ジャン=マリー・ブーレルによって1852年に設立されました。中央に位置する最も古い建物が1867年に完成。さらに、前方に緩やかなカーブを描いて延びる両翼、2階にラ・サール像が立つポーチ、建物奥のホールとチャペルなどが相次いで建てられました。
第二次世界大戦中には大英帝国軍の陸軍病院として使われ、前庭が臨時の墓地となったほか、日本占領時代には日本語学校として使用されたことも。
1945年、日本の降伏からわずか3週間後には授業が再開されます。1987年に現在のマルコム・ロードへと移転するまでの135年間に、この校舎から巣立った生徒は5万人以上。卒業生の中には、現大統領のトニー・タン氏をはじめとする著名人も数多く含まれています。
1992年に国の記念建造物に指定されるとともに、美術館への転用が決定。3,000万Sドルもの予算が投じられ、屋根瓦を一枚ずつ取り外して洗浄・修理するなど、大規模な修復工事が行われました。
現在では、シンガポールを含む東南アジア地域の現代美術を収集・展示する一大拠点となっています。

 

窓枠のないガラスパネルで機能と美を両立

 

建物の修復の際は、美術館として十分な機能を加えつつ、建物の元の姿を極力損ねないよう、さまざまな配慮がなされました。 たとえば、館内を美術品の展示に適した環境にするためには、紫外線を遮断し、室温を23度、湿度は65%に保つ必要があります。そこで用いられたのが、紫外線カット機能を持つ、窓枠のないガラスパネルでした。
かつて外気にさらされていた廊下と外壁の間には、現在このガラスパネルがはめ込まれ、建物の外観の美しさはそのままに、快適な環境が整えられています。
また、建物の正面2階、ラ・サール像の背面に立って後ろを振り返ると、天井近くの壁をえぐるように残された古い装飾が目に飛び込んできます。修復工事の折、空調設備を取り付けるために壁を壊したところ、この大理石の飾り板と柱の跡が見つかり、そのまま保存されることになったのだとか。
このほかにも、教室のドアや通風口、旧チャペル前の柱に残る聖水入れのくぼみなど、館内の各所にセント・ジョセフ学院時代の佇まいが残されています。
しかし中には、往時の姿を復元することができなかった部分も。今から100年以上前に建てられた旧チャペルの正面には、ヨーロッパで制作された美しいステンドグラスがはめ込まれていたといいます。第二次世界大戦中に破損を避けるために取り外され、そのまま行方不明となってしまいました。
ステンドグラスの記録はほとんど残されておらず、再現は不可能に。そこで、フィリピンのガラス彫刻家、ラモン・オルリナ氏に新しいステンドグラスの制作が依頼されました。
新たにはめ込まれたステンドグラスは、くずガラスをブロンズの鋳型に流し込んで作られ、厚さの異なるガラスが組み合わせてあります。古い素材を元に作られたという新しい表現は、まさにシンガポール美術館の姿にも通じます。作品展示の都合で当面は見学できない状態にありますが、美しい緑の濃淡に彩られたステンドグラスには、新旧の調和を願う多くの人たちの思いが込められています。