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シンガポール現代文学を育む地元出版社とブックストア

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英米文学やロシア文学といった外国文学に比べ、「シンガポール文学」の存在にピンとくる人は少ないかもしれません。地元作家の支援も行うシンガポール紀伊國屋書店の店長で業界31年の経験を持つケニー・チャンさんは、シンガポール文学のうち「以前から人気があるのが詩集、一方でフィクションやノンフィクションの文学や児童書も地元作家のものがここ数年で増えています。地元の出版社が発行する新刊の数も増加傾向です」と言います。

 

初めて出版されたシンガポール文学は詩集

建国前の英国植民地時代はイギリスの文学の影響が大きく、シンガポール人の著書としては1830年代にE.S.エリオットにならった詩集をロンドンで発行した華人の記録があります。1965年の建国前後は、社会性の強い詩や散文などを発表する作家が増えました。また、当時、地元出版社として地位を確立し知られたのが、同名のイギリス人が創業したドナルド・ムーア社(1947〜76年)で、詩集や政治家の半生紀、舞台芸術の本などを出版しました。

 

 

1980年代になると、フィクションや舞台の脚本を書く作家がますます増え、英語と中国語を中心に現代のシンガポール文学の基礎ができました。また、1986年から開催されているシンガポールライターズフェスティバルでは、年々海外からの作家との交流やワークショップが充実し、作家の底辺をひろげるのに貢献したといえるでしょう。

 

 

シンガポール文学発達の鍵、読書習慣の拡大

現在、国内の出版社は約75社(シンガポール出版協会調べ)あり、特に地元作家の作品に注目した出版社がいくつかあります。チョンバルで書店Books Actuallyを経営するケニー・タンさんは、時代に左右されない良質の本を届けたいと2005年に書店を開き、2011年からは地元作家のための出版社Math Paper Pressを立ち上げました。詩集、短編集、アートブックを中心に手掛けています。本の販売数を増やすには装丁などブランディングが大事というだけあって、地元作家の詩と短編集のシリーズは統一性のあるモダンなデザイン。「シンガポール文学の存在をもっと知って欲しい。そのためにも読書をスタイリッシュな習慣に。どんな場でも本を取り出して読む人たちが増えれば、全体としてたくさん本が売れてこの産業がもっと盛り上がるはず」と語ります。

 

 

そのケニーさんが出版社を始めるきっかけともなったのが、現代のシンガポール文学をサポートする先駆け的な出版社のEthos Books(エソス)。1997年当時、PRデザイン会社だった同社に3人の若い詩人が詩集を持ち込み、社長のフォン・ホーファンさんが採算よりも可能性を信じて最初の書籍を発行。その後、詩集のほかフィクションや政治関連の手記など幅広いジャンルの出版物を手掛け、現在までに200冊ほどのタイトルを手がけています。「情報だけでなく読み手をインスパイアする内容のものを出版したい。シンガポール人にもっと読書習慣をと願い、学校に地元作家の本を紹介した教育プログラムを提案したりしています」とフォンさん。タブー視されがちな政治色の強いものも必要だと判断すれば出版するとも言います。シンガポール人作家からの信頼が厚いのもうなずけます。

 

 

店舗を持たないエソスは各書店に本を卸しつつ、期間限定で場所を移すBooktiqueとコラボレーションしています。現在はマリーナ地区のシティリンク内でポップアップ店舗を1人で経営するアンソニー・コーさん自身も雑誌ライター。Booktiqueは作家希望者や現役の作家のための書店というのがコンセプトで、書籍のセレクトにセンスが光ります。また当地で自費出版された本も支援を目的に積極的に取り扱っています。エソスの出版物専用本棚が店内にあり、シンガポール文学を広めたいという共通の思いで、本は買取ではなく委託販売だとか。

 

 

本は読む人書く人いずれの人生をも変えるほどの力を持つ、とアンソニーさん。Math Paper Press、エソスともに持ち込み作品の出版相談を歓迎しており、今後も世界に通用する才能とストーリーを応援したいと口を揃えます。作品を世に出す立役者たちにエールを送るべく我々もまずは1冊手に取ってみましょう。これまで知らなかったシンガポールを垣間見ることができるかも知れません。