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茶が結ぶ家族の絆。チャイニーズウェディングの「敬茶」

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子から親へ感謝の気持ちを込めて茶を捧げる敬茶のシーン。儀式といってもそれぞれの実家で行うと和やかなムードに(写真1)。
提供:Anton Chia (アントン・チア/ウェディング・フォトグラファー)

 

華やかな衣装に身を包んだ花嫁と、堂々と立つ凛々しい花婿。結婚式の日、2人はまず新郎の自宅で両親と向かい合って並び、ひざまずきます。小さな杯が、2人の手からそれぞれ父親、母親の手に受け渡されて、笑顔が重なるこの瞬間は、中華式ウェディングの大切な儀式、敬茶(ティーセレモニー)のはじまりです。

受け取った茶を飲み干し、杯を返したら、家族は2人への贈り物を渡します。両親からは通例、金のアクセサリー。一般にネックレス、指輪、腕輪、イヤリング、と4点セットが贈られ、新婦の晴れ姿はひときわ輝きます。両親の次には祖父母、大伯父・大伯母、と年齢の高い順に敬茶は続きます。アクセサリー以外の贈り物は、ご祝儀を包んだ赤い封筒、紅包(ホンバオ)。新郎新婦よりも年少の弟妹やいとこの番には、年少者が茶を差し出し、新郎新婦から紅包を渡します。この儀式は通常新郎側、新婦側双方で行われます。最近では、結婚式の朝、新郎が新婦を自宅に迎えにいった際に、新婦側で先に行うことが多いそうです。

 

感謝や尊敬の念を伝える伝統

敬茶で使用される茶器の色は赤系。幸福のシンボル「囍(ダブルハピネス)」が描かれている(写真2)。

菊花やナツメなど縁起の良いたくさんの実から成る「八宝茶」。チャイニーズニューイヤーに飲まれることも(写真3)。

 

リャン・コート内の店舗「留香茶藝」で、中国茶芸を20年以上教えているリー・ツーチアンさんは、敬茶は「目上の人を敬う儒教文化から生まれ、マレーシアやインドネシアなどでも続いている華人文化の伝統」だと言います。「育ててくれた家族へ別れを告げ、新しい家族へ初めての挨拶をするために茶を入れます」。

もともと中国で、茶は生活に強く結びついた飲み物でした。客が来たら茶を入れてもてなし、喧嘩をしても茶を入れて仲直り。贈った茶を飲んでもらうことは、縁談成立の合図にもなりました。茶を飲む習慣のあまりない現代のシンガポールでも、茶は人生の大切な場面で家族の絆を強めています。

2013年に結婚したエミリー・ンさんは、伝統的なチャイニーズウェディングではなくホテルのレストランで結婚式を挙げました。普段は茶を飲まない彼女ですが、敬茶だけは家族の意向もあってシンプルな形で執り行ったといいます。「会場の一角で、ウェディングドレス姿で行いました。めったに会えない夫の親戚とも気さくに話せて親密な雰囲気になれました」。

シンガポールの若者たちへの茶文化普及を目指す、チャイナタウンの中国式茶館、ティー・チャプターのエグゼクティブ・ダイレクターであるリー・ファンさんは語ってくれました。「結婚するにあたって、相手や自分の家族に感謝や尊敬の念を伝えたい、でもどうやってその想いを形に表せばいいかわからない。そんな多くの若者にとって、敬茶はとても良い機会なのです」。

 

茶がつなぐコミュニケーション


中国茶文化そのものに興味を持つ若いお客さんも増えているとか。ティー・チャプターでは台湾の烏龍茶の一種、東方美人茶が日本人にも人気だそうだ(写真4)。

家族や親類が集まるチャイニーズニューイヤーにも、特別な茶「八宝茶」を飲む伝統があります。ティー・チャプターで販売されている八宝茶の中身は、菊花、クコの実、ナツメ、レーズン、サンザシ、ロンガン、冬瓜糖、氷砂糖の8種類がミックスされたもの。1年の運気を上げるために、それぞれ縁起が良いとされる具材が使用されています。例えば、乾燥ロンガンは中国語で「桂圓」と書き、経済的に豊かなことを表す「貴滿」と音が同じであるため縁起が良いと言われます。

シンガポールの忙しい生活のなかで、家族が集まって茶を飲む習慣は薄れているようです。しかしここ数年、国際社会で中国の存在感が益々強まるにつれて、シンガポールでの中国茶とそれにまつわる文化に対する関心も高まっているらしく、新たな茶館や茶芸の学校が続々設立されています。

目の前で丁寧に茶を入れてもらい、お代わりのたびに小さな杯を行ったり来たりさせていると、初めて会った店員さんとも自然と笑顔を交わすことになり、会話が生まれます。指先で扱うほどの小さな器が大きな架け橋となって、その場にいる相手との心を繋いでくれる。和やかなひとときを味わうことができるでしょう。