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未来は自らの手で創る「プロトタイピング・ラボ」

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OneMaker Groupを率いるウィリアム・フーイ氏(中央)。右は、シンガポールのメイカーコミュニティでウィリアム氏と共に活動する、チームラボの高須正和氏。

 

若者の街、ブギス地区に昨年誕生したナショナルデザインセンター。その一角に設けられた「プロトタイピング・ラボ(Prototyping Lab)」の午後は、作業に熱中する若者たちの活気に満ちている。大型機械を動かす音が絶え間なく響き、時には木の焼け焦げたにおいも漂ってくる。ここは、シンガポールで芽吹き始めた「ものづくり」の現場だ。

 

メイカー(Maker)の基地として

大型のベニヤ板の切断ができるレーザーカッターも設置されている。

救急・消防活動を行うシンガポール・シビル・ディフェンス・フォース(民間防衛隊)の委託を受けて、SL2が現在このラボで制作している作品の試作品。消火用のホースを再利用して、キーホルダーに仕上げ、記念品として使用される予定だという。

 

このラボは、メイカー(Maker)と呼ばれる、個人でものづくりをする人々の基地となることや、ものづくりの機会を多くの人に提供することを目的に、2014年12月にオープンした。室内には、木板や皮革などの材料の切断や、彫刻加工などができるレーザーカッター、プラスチック製品の立体成型ができる3Dプリンタ、電子工作の基盤やはんだごて、ミシンなど、数々の工作機械や材料がそろっている。本棚や机・イスなどの木製品、プラスチック製品から電子機器まで、専門知識を持つラボのスタッフのサポートを受けてオリジナル作品を自ら制作することができる。

ラボは会員制で、登録している約80人の多くは、若手のエンジニアやデザイナーなど。専門の業者に頼まなくとも、安価で思い通りに試作を重ねられることが好評でプロの制作現場として使われている。その一方で、個人が趣味としての作品作りを始められるように、ワークショップなども開催している。最近のワークショップではスマートフォンのモバイルバッテリーなどを制作したという。

ラボを運営しているのは、「ワンメイカー・グループ(OMG/OneMaker Group)」という企業。環境問題の解決を目指すSustainable Living Lab (SL2)、3Dプリンタの販売を手掛けるSimplifi3D、DIY商品を販売するHome-Fixなど6つの企業の連合体として組織された。

 

ブームの受け皿から、独自の文化創出へ

会員のジアン・リー氏。市販のフォトフレームをベースにLEDライトを組み合わせて、時刻が文字で表示される「ワードクロック」を制作した。

 

OMGを率いているのは、ダイレクターのウィリアム・フーイ氏。セカンダリー・スクール(日本の中・高校に相当)の教諭や、サイエンス・センターの職員として15年間の勤務を経て、昨年起業した。ウィリアム氏らによると、世界に広がるメイカーの流行は米国西海岸が主な発信源となってもたらされた。DIYや電子工作など個人の趣味から始まった流行は、2000年代以降、かつて大企業にしかできなかったハードウェア開発を手掛けるベンチャー企業の隆盛をもたらし、新しい産業を生み出した。成功の代表格としては、ウェアラブルカメラの「GoPro」などが挙げられるという。「クリエイティブであることが人々の喜びを生み、そしてビジネスを生みます。シンガポールのような小さな国では、デザインやアイデアなどの付加価値創造が産業を支える最も大事な要素です」とウィリアム氏は話す。会員には、自作の製品で起業を考える学生や、すでにネットショップでの販売を始めている人々もおり、こうした人々の支援を通じて、新たな産業を創出することを目指している。

一方で、シンガポールで独自の産業を発展させるためには、単なる米国文化の輸入になってはいけない、とウィリアム氏は強調する。その理念を体現しているのが、OMG参加企業の1つ、SL2がラボで行っている「リペア・コピティアム(Repair Kopitiam)」というワークショップだ。このワークショップでは、壊れた家電製品や破れた衣類などを持ち寄ってもらい、自分たちで修繕してもらう。「シンガポールのこれまでの文化は『使い捨て』。修理をきっかけに自分の手で作る楽しさを味わってほしい」。時にはHDBまで出かけて行って、地域住民向けの出前ワークショップも開催している。

ラボは通産省の外庁、SPRING Singaporeから委託を受けて運営されており、期限は2年間。ウィリアム氏は、委託期間終了前に、シンガポール各地に新たなラボを誕生させるつもりだという。「ミュージシャンになりたいとか、詩人になりたいと思ってピアノや詩作をするのと同じように、今やエンジニアになりたい人が誰でも夢を実現できるようになった。その夢に向かって踏み出す障壁を取り除く施設にしたいのです」。