AsiaX

信者の暮らしを守るムルガン神を祀る「スリ・タンダユタパニ寺院」

p1 (3)

国内で最も重要な宗教建造物のひとつでもある、スリ・タンダユタパニ寺院。1859年に建造され、1983年に再建された。

 

国内のシンガポール人約385万人のうち、統計局によると約9パーセントをインド系が占めています。彼らがシンガポールに移民として入植してきたのは1820年代に遡ります。その大半は肉体労働に従事しましたが、中でもインド南部のタミル・ナードゥ州からやって来たチェッティア (Chettiars)と呼ばれる人々は、シンガポールで貿易商、外国為替引受業者または両替商として地位を確立しました。当時リバーバレー・ロードとクレメンソー・アベニュー界隈に住んでいたナトゥコタイ・チェッティア(Nattukkottai Chettiars、タミル・ナードゥ東沿岸出身者のグループ)と呼ばれる人たちが寄進し、タンク・ロードに1859年に建てたのが、ヒンズー教寺院のスリ・タンダユタパニ寺院(Sri Thandayuthapani Temple)です。

 

若々しく凛々しい表情のムルガン(写真中央)と2人の妻ワルリとデヴィヤニ。
9つの惑星(nine planets)と僧侶。この寺院では観光客でもプージャを受けられるので、僧侶にたずねればプージャのやり方を教えてくれる。プージャは毎日朝8時から正午までと午後5時半から8時半までで、所要時間は約20分。

 

戦いの神「ムルガン」を訪ねて

別名チェッティアズ・テンプルとも呼ばれるこの寺院は、破壊と再生の神シヴァの息子で戦いの神であるムルガン(Murukan)を祀っています。ムルガンは、美徳、若さ、力の象徴で、悪を打ち砕く神として信仰を集めています。
神々や鳥獣など極採色の彫刻で覆われた棟を掲げたゴープラム(インド南部のヒンズー教寺院の特徴的な門)をくぐると、まず3つの聖所が目に入ります。正面に向かって一番左側がムルガンを祀った聖所です。ムルガンの両脇に居るのは彼の妻、ワルリとデヴィヤニ。真ん中の聖所にはムルガンの父親であるシヴァ、そして一番右側の聖所には母親のシャクティが祀られています。シヴァの両脇にはムルガンの兄弟であるガネーシャとカティキエンが並び、その聖所の階段にはシヴァが身体を清めるといわれるミルクが供えられています。

 

年に一度のタイプーサム、そして日々の礼拝プージャ

清々しい表情が印象的なプージャを終えた信者。お供えはビニール袋に入れて持ち帰るか、バナナなどは寺院で食べてもよい。

 

スリ・タンダユタパニ寺院では年に6つの大きな祭りが行われ、中でもタイプーサム(Thaipusam)が有名です。この祭りは、髪を剃った信者たちが長い鉄針を体中に刺してカバティと呼ばれる20キロ前後はある神輿をかつぎ、リトルインディアのスリ・スリニヴァサペルマル寺院からスリ・タンダユタパニ寺院まで約4.5キロメートルを練り歩きます。その日に備えて48日前から断食と祈りを捧げ、当日は身体的な重荷カバティを背負うことでムルガンへの感謝と厚い信仰心を示し、その加護により様々な災難を防ぐために行われる儀式です。沿道となる道路は交通規制が敷かれ、多くの信者たちや見物客で賑わいます。
このタイプーサムも圧巻ですが、日々行われる神像礼拝の儀式プージャ(pooja)も見逃せません。礼拝をするには先ず入り口で自分の名前、家族の名前を告げ、タミル語で用紙に記入してもらいます。バナナのお供え(0.6Sドル)かココナッツのお供え(1.2Sドル)を買い、その用紙とともに僧侶に手渡します。僧侶が金色のトレイにバナナまたはココナッツ、キンマ(ビンロウジ)の葉、木の実の皮、そして蘭の花などを綺麗に盛り合わせてプラサーダム(お供え)にアレンジした後聖所に入り、神にお経を唱えます。待つこと数分、聖所から出てきた僧侶が白檀の粉を水に溶かした液体とビブティと呼ばれる石灰粉を自分の額の真中に塗ってくれます。この儀式が終わると最後に寺院の中を歩き回るフェーラムと呼ばれる礼拝を行って終了。フェーラムでは人間の気持ちや態度を支配するといわれる「9つの惑星(nine planets)」を象徴する銅像にも祈りを捧げます。
「一通りの儀式を終えることで、家族が守られているという心の平和を実感することができる」と、寺院で出会ったある信者は話してくれました。

現在は観光名所として多くの観光客も訪れる当寺院ですが、シンガポールに住むヒンドゥー教徒にとって、今も変わらず心の拠り所となっています。寺院を訪れると、外とは違うゆっくりとした時間が流れているのを実感できるでしょう。150年以上もの間、祈りの場として貢献してきたスリ・タンダユタパニ寺院。これからも威厳ある佇まいでコミュニティの信者たちを見守り続けます。