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喜びは1杯のコーヒーから。社会的企業、ベター・バリスタの人材育成

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創業者のパメラ・ジャンさん。教室にはテイスティングバーが併設されており、一般の人がコーヒーを味わうこともできる。コーヒーに値段はなく、すべてチップ制。

 

高品質のスペシャルティ・コーヒーが流行し、個性的なカフェが続々と誕生するシンガポール。コーヒーを入れるプロ、バリスタの養成スクールも増え始めているが、その中でも、MRT環状線タイセン(Tai Seng)駅近くで開講している「ベター・バリスタ・コーヒー・アカデミー(Better Barista Coffee Academy)」は、バリスタ養成を通じて社会貢献を目指す、ユニークな教室。トニー・タン大統領が主宰する、際立った社会的企業の顕彰で、2013年のソーシャル・エンタープライズ・スタートアップ・オブ・ザ・イヤーに選出されるなど注目を集めている。

 

シンガポールのコーヒーをもっとおいしく

テイスティングバーで味わうことができるコーヒー。自家焙煎所のコーヒー豆は、同社のネットショップで購入することができる。
バリスタの講座が開かれる教室。実践練習を重んじており、1人1台のエスプレッソマシンを使用できるように設備が整えられている。

 

ベター・バリスタは、シンガポールのコーヒーのレベル向上を目的に、2011年に創業された。創業者のパメラ・ジャンさんがコーヒーに情熱を注ぐようになったきっかけは、約20年前、留学中の豪・メルボルンで出会った一杯のコーヒーだった。「当時のシンガポールには、まだ今のように多くの素晴らしいカフェがあるわけではなかった。その時に飲んだコーヒーの味は格別でした」。米国、イタリア、英国など世界各地でバリスタの資格を得て、約4年前にこの世界に飛び込んだという。シンガポールでのカフェブームからバリスタの需要も高まると見込んだからだ。
ベター・バリスタは、米国スペシャルティ・コーヒー協会(SCAA)と欧州スペシャルティ・コーヒー協会(SCAE)という米国・欧州の2つの協会から認定を受け、受講者が両協会の認定資格を得られる、シンガポール唯一の教室。数時間〜4日程度のトレーニングやテストなどを受けて、各レベルの資格を得ることができる。そのほか、職場のアクティビティなどに利用できるグループ講座など、数時間の体験講座も設けられている。これまで参加した人は1,000人以上にのぼるという。
「カフェ併設などではなく、ほぼ教室だけに集中しているからこそ質の高い教育ができる」とパメラさんは胸を張る。講師陣には、コーヒーに関する技術や知識だけでなく指導法でも高い能力を持つスタッフを迎えている。さらに教室の近くには自家焙煎所も構える。バリスタに加えて、焙煎の技術者、味や香りを評価する技術者の養成コースも開講している。

 

働くことで自信を取り戻す

ジョセフィーン・テオさん。2人の娘も再就職を応援してくれたという。

一方、この教室が注目されている最大の理由は、「ホリスティック・トレーニング・プログラム(Holistic Training Programme)」と名付けられている6ヵ月のコースを設けていること。様々な理由から、働くことが難しくなってしまった女性と若者を対象にしている。通常の技術指導・資格認定に加えて、Forty Handsなど、パートナーのカフェや同社でのインターンシップ、心と身体のトレーニングを取り入れている。受講料は通常の1割未満に設定されており、インターン期間中は給与を得ながら働くことができる。また、パートナーカフェなどの協力を得て、卒業後の就職活動もサポートする。
現在、同社でフルタイム勤務をしているジョセフィーン・テオさんも、このプログラムの卒業生の1人だ。かつてはインテリアデザイナーとして働いていたが、結婚後は専業主婦になり10年以上、家事に専念してきた。しかしその後、離婚。シングルマザーとして娘2人を養うため、突然、外で働く必要に迫られた。「長期のブランクでスキルも失って、何より外に出るのが怖かった。自分に自信が持てなかったのです」。ソーシャルワーカーの紹介でプログラムに申し込んだ。「特に面白かったのは、カヌーやヨガなどの身体トレーニング。体力も取り戻せたし、自分にもできたという経験がうれしかった」。今は笑顔で接客に当たっている。このプログラムにはこれまで33人が参加、8割が卒業し、カフェやホテル、レストランなどの仕事に就いたという。
パメラさんは今後、シンガポールだけでなく東南アジア各地でこの教室を展開していきたいと考えているという。「女性のサポートはその家族を支えることに直結し、若者には大きな可能性が秘められている。働くことを通じて、誰もが自信を持ち、生き生きと暮らせる世の中に変えていきたいのです」。