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和の食材、サービスに見る究極。食の仕掛け人が魅了された理由

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景観保存地区であるダクストン・ロードに割烹&居酒屋レストラン『菊』がある。シェフであり、店のコンセプト・デザインからマネジメントまでトータルに手掛けるカルバン・ヨン氏が今年2月にオープンした。沖縄や福井などへ自ら出かけ、旬の旨い食材を直に取り寄せている。ヨン氏は、2007年に香港からシンガポールにビジネス拠点を移してモダン・チャイニーズ・レストラン『One On The Bund』をフラトン・ベイホテルに構え、独自のコンセプトと美食で成功をおさめた。現在、高級店からカジュアルな店まで多くの和食レストランがしのぎを削るシンガポールで、『菊』をひっさげて新たなチャレンジを仕掛ける。年に3〜4回は日本を訪れるという根っからの日本好きという氏の話を聞いた。

 

― 現在、手掛けているビジネスについて教えてください。
レストラン経営をメインに、インテリアデザインやファッションデザインを手掛けています。洗練された服、美味しい食事、快適な住まい、どれも生きていくうえで欠かせないもの。近代的スタイル、オープンマインド(視野を広く持つ)をモットーに、衣・食・住に対する挑戦を続けています。

 

― 2000年に香港で飲食業のビジネスを開始して以来、次々と新しいユニークなレストランを手掛けられました。競合店との差別化を図るための秘訣は?
基本的に、素材の味を生かしつつ、新しいコンセプトを心掛け、独創的な食を提供するよう心掛けています。食を大いに満喫するためには、付随する空間も非常に大事。食器やインテリアの細部までこだわり、店づくりをしてきたと自負しています。客層は欧米人が多く、個人的には、彼らは往々にしてフュージョン、つまり、個性的かつクリエイティブなメニュー、さらに洗練された空間で食する環境を楽しむ人が多いと思う。香港の中国料理店の多くは味にフォーカスしすぎて、内装などには手間もお金もかけない。ワンランク上の総合的なサービスを提供することで、競合レストランとの違いを明確にしました。

 

― ターニング・ポイントとなった出来事は?
香港で一時は20店ものレストランを経営、従業員は2,000人ほどいました。しかし、様々な要因によるビジネス環境のアップダウンが激しいため、香港でのビジネスは非常にタフ。2003年のサーズ(重症急性呼吸器症候群=SARS)騒動の打撃は大きかったですね。反面、家賃が大幅に下落した時こそ商機ととらえ、出店のための契約を結びました。
危機的な状況にある時にこそ、新たな好機が訪れると考えます。そういう状況の中で、恒常的に収支を保つには、すべてに対して柔軟であることが必要。これまでいっしょにやってきたビジネスパートナーが既存ブランド店を更に拡大していきたい、と言い出したことも独立の道を後押ししました。私は今あるレストランに注力しクオリティを上げることに専念したかった。そんな経緯で、独自ブランドを開拓したことから、思い通りにビジネスをデザインできる環境を作り上げることができたと思っています。

 

― シンガポールへの進出のきっかけは?
2007年のシンガポールは経済環境を見ても非常に魅力的でした。不動産価格が妥当な水準だったこともあります。香港の不動産バブルは収まらないだろうし、高い高いと言われるシンガポールも香港に比べればまだまだリーズナブル。さらに、食に対してオープンマインドな人が多いことにも勝機があるとみました。
家賃の高い所で収益を出そうと思うこと自体がそもそも難しいですから、飲食ビジネスのキーは賃料にあるといってもいい。香港では新しい店が半年で入れ替わるほど、より安い賃料を探して店を移動し続けるため、ブランドが定着しない=顧客が根付かない。また、当時は台湾やタイに行くことも考えましたが、規制が多いことや政治に起因するデモなどが多発して客足が遠ざかるなどのマイナス要因がある。日本も候補に挙がりましたが、バブル崩壊後の不況が続いていた日本と比べて、これから大いに発展が見込めたシンガポールのビジネス環境への期待が大きかった。そこで、2008年にフラトン・ベイ・ホテル1階にある歴史的建造物・クリフォードピアに10,000スクエアフィートものスペースを占有し、上海料理をベースにしたモダン・チャイニーズレストラン「One On The Bund」を満を持してオープンしました(2013年末に賃貸契約のリースが終了し、閉店)。

 

― ビジネスにおける信条は?
プリティ&エキサイティング。全てのものをかわいらしく、素敵に変えることは非常にエキサイティングなことです。大事なのは、サービス。食のクオリティはもちろん、それを提供する空間からすべてのサービスを徹底することで、素敵な食の空間を客に提供できます。美味しいものを食べて、ハッピーになってもらうのが一番うれしい。
一方で、サービスの質の低さ、マンパワー不足が今の懸念材料です。中国本土から来た人に日本人のようなサービスを求めるには限界がある。そもそもサービスの必要がないと思っているので。かといって、シンガポール人がサービス業に就くかというと、答えは「ノー」。外国人労働者に頼るしかないのが現状です。これは、シンガポールの飲食業界の死活問題でもあるでしょう。

 

― なぜ、日本食を選んだのですか?
単純に、日本が大好き。日本に恋をしたと言っても過言じゃない。日本人はまじめで、そんな国民性に感銘を受けました。日本はとても美しい国です。また、食に対する畏敬の念が強く、それが食にあらわれています。加えて、日本食レストランを持つのは昔からの夢でした。香港では、テレビや雑誌でひっきりなしに日本の食や文化を特集しており、そういう環境から、日本は非常に身近な存在でした。今は、刺身と酒があれば幸せ。年のせいかもしれませんが、肉を頼んでも最後まで食べられなくなりました。
日本食は素材の味を堪能できる。本当においしい。刺身だけじゃなく、蒸してもなんでもとにかく、魚そのもののクオリティを考えると、日本産が最高です。日本の海は非常にきれいで、これは持論ですが、日本人は特に海、そして、魚介類全般を敬う気持ちもとても強い。たぶん、自然に関しても同じでしょう。
シンガポールは外国人が増え、食文化が多様化し、クオリティも高くなりました。どんなにトロがおいしいと説明しても、10年前だったら「不要(ブーヤオ)」で終わり(笑)。最近では、そういう人は減り、すすんでオーダーする人も増えました。

 

― もしシェフでなかったら、何かやってみたいことは?
映画監督。食やレストランの舞台裏みたいなドキュメンタリーを撮ってみたいですね。キッチンを舞台にした物語でもいいな。日本でリタイア生活を送ることも考えているけれど。

 

― 人生の最後に食べたいものは?
酒と刺身。そして、父直伝の魚のスープかな。魚は2ドルぐらいの安いやつでいい。だしが取れれば。ほどなく透明に近い色のスープ。僕はこのスープで育ったようなもの。やはり、人生最後となれば、このメニューになるでしょうね。