AsiaX

シンガポール・フィンテック事情

 実験国家とも言われるシンガポールは、新しい技術を導入した施策を各方面で積極的に進めています。中でも主力の金融分野では、政府、金融機関が次々に新しい取り組みを打ち出しています。また、島内3ヵ所ある国際展示場では、フィンテック関連の展示会が頻繁に開催され、国内外から数多くの関係者が訪れています。こうした官民の取り組みを背景に、世界中の関連企業のシンガポール進出が続いており、シンガポールはフィンテック拠点としての地位を確立したと言えるでしょう。
 今回の座談会では、2018年11月に開催された「フィンテック・フェスティバル2018」に参加した3社の担当者をお招きし、シンガポールのフィンテックの現況や日系企業の動向を踏まえつつ、各社の取り組みも交えながら、今後のフィンテックの可能性や社会の未来像について展望していただきました。

 

ユーザベースアジアパシフィック
チーフアジアエコノミスト兼NewsPicks編集部
川端 隆史 さん

東京外国語大学東南アジア課程卒。1999年に外務省入省、在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織で東南アジア関連業務に従事。2010年、SMBC日興証券のASEAN担当シニアエコノミストに転じ、機関投資や事業会社向けにレポート執筆。2015年、NewsPicksに参画、2016年にSPEEDAシンガポール拠点に異動し、現職。東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所共同研究員。共著書に「マハティール政権下のマレーシア」「東南アジアのイスラーム」「ポスト・マハティール政権のマレーシア」。栃木県出身。

 

コモニー
代表取締役
藤原 秀司 さん

1988年3月、福岡工業大学を卒業、独立系のIT企業に就職。コンプライアンスに厳格な地方公共団体向けのシステム開発に従事、多くの製品を開発しシェア日本一の製品も開発。2003年にモバイルの可能性を感じ同社初のコンテンツ事業を開始。多くのコンテンツビジネスを手掛ける。
08年に独立、モバイルを活用した企業向けマーケティングサービスを提供。17年、キャッシュレスビジネスに着目、便利なはずのキャシュレスの不便さに気づき、より便利にするためのビジネスモデル特許を取得し、株式会社コモニーを設立。現在に至る。

 

トライデントアーツ
代表取締役
町 浩二 さん

金融系ITコンサルタントとしてアクセンチュアにて12年間エンタープライズ向けのシステム開発事業を経験。シニアマネージャ時代に内資ITコンサルティング企業へ転職し、イノベーション推進事業の経験を経て、日本のブロックチェーンベンチャー企業トライデントアーツの代表取締役。2018年11月、シンガポールに事業開発会社LONDBELL LABS PTE. LTD.を設立。代表取締役を兼務する。
 IT技術×ビジネス戦略の立案、及びその実行(≒システムエンジニアリング)を得意とする。

注目集まるシンガポール 下がる言葉のハードル

AsiaX:はじめに、「フィンテック・フェスティバル」に出展しての所感をお聞かせください。

 

川端:当社はSPEEDAという企業・業界情報プラットフォームを通じて、アジアや日本を中心に580万社を超える企業の財務情報や560分野の業界レポート、ニュース記事の提供を行っています。日系・非日系を問わず、在シンガポールのお客様はフィンテックへの関心が高く、SPEEDAインサイトというテーマレポートで情報提供をしたり、個別リサーチに対応することもあります。グループ会社のソーシャル経済メディアのニューズピックスでは、フィンテック関連で大ヒットした編集部オリジナル記事があります。
 今回EXPOで行われたフィンテック・フェスティバルは中心部から距離があるものの、シンガポール内外からの客足は衰えず、中身が濃かったのではないかと感じました。また、ASEAN(東南アジア諸国連合)関連会合に並行して行われたため、インドなどから首脳、閣僚級も来ており、アジア地域でのフィンテックへの期待、盛り上がりを感じました。

 

藤原:私たちは、キャッシュレス、スマート決済分野で新しいサービスを世に出すことを目指して2017年10月に設立したばかりの新しい会社で、シンガポールでの展示会には初めて出展しました。これまで、日本や台湾の展示会に出展したことはあり、そのイメージできたわけですが、国際色豊かなことに非常に驚きました。

 

町:この展示会は、英語ベースということもあり、日本国内では接点が持てないアジア圏の投資家と話をすることができ、しかも時間の制約も厳しくないので、私たちの技術を十分に紹介できたと思っています。
 当社は、ブロックチェーン技術を活用した実ビジネスの開拓に取り組んでおり、エンターテインメント向けのシステムを今春にも稼働する予定です。分かりやすい例を挙げれば、コメディアンには、結婚式で「〇〇さん、おめでとうございます」というふうなスピーチや一発芸の営業活動している方が多いですが、これを現場に赴かなくても実現するシステムです。
 いま、Non-Fungible-Token (NFT)という代替可能性のないコインがあります。私たちはシステムをイーサリアムで作っており、NFTを取り扱うことができます。開発しているエンターテイメント系の音声、映像、楽曲や歌などが入ったデジタルムービーカード、これは触ると動き出すものですが、このカードの所有者は1人だけという状況を担保するために、ブロックチェーン技術を使っています。
 アーティスト、歌手、お笑いなどエンターテイナーからお客さんに、一点物の作品を現場に行かずに提供できるシステムができれば、場所は国内・海外で差はないので、作品自体に言語の壁はあるものの、いずれ流行すると思っています。
 また、これまで楽曲の長さという点では3分、5分なければ売れませんでした。輸送する必要から短いと単価が上がってしまうという制約があったわけですが、配信ならば1分未満でも構わないわけです。価格は50セントでというようなことがやりやすくなっていくと思います。
 将来的には、エンターテイメントに限らず、セミナーなどイベント向けにもサービスを展開できると思っています。

 

川端:エンターテイメントの世界は、言葉は重要なようで、重要ではない気もしますね。いまK-POPが世界的に強いですが、ほとんど韓国語で歌っています。アメリカのビルボードでは、防弾少年団が1位を獲得したほか、いくつかのグループがチャート常連になっています。我々も洋楽を聴いて、歌詞の全ての意味が分からなくても、「いいな」と思うことがあります。

 

町:そうですね。しかも今は瞬時に翻訳することもできる時代ですから、今後は言葉の垣根は下がり続けていくと思っています。
 シンガポールでの課題は、人口が約500万人しかいないことであり、エンターテイナーが少ない気もしています。オフィスを置いていますが、まだ、アジアで稼げるエンターテイナーと繋がれる自信が持てていません。日本のコンテンツのほうが圧倒的に強いと思います。例えば、AKBのビジネスモデルをタイなどで現地化すると人気が出ますが、果たしてシンガポールではと考えると、そこまで興味を持たれない気がします。

 

川端:シンガポールで日常的に消費されているエンタメは外国産が多いですね。ローカルアイドルはいるにはいますが、大きく成功している人はいません。コメディアンには著名で面白い人はいるのですが、どちらかという賢い感じで、ウィットに富んでいる系統です。日本のお笑い芸人のように体当たりで面白いことをするタイプは少ないです。シンガポールではまだ知られていないけれども、人気の出そうな外国のタレントとどう接合するかがカギかもしれません。

 

町:東南アジアにはいろいろな人種の人達がいます。まだ、経済的には裕福ではありませんが、5年、10年経てば中流階級が増えてくると思いますので、シンガポールから横展開してサービスを浸透させておくことが重要だと認識しています。
 実際、今回のフィンテック・フェスティバルで、一番面白いと言ってくれたのはインドの投資家の人たちでした。インドは映画文化が盛んで、ものすごい大スターがいますね。

 

藤原:私自身も、アジアに出てみるなかで、各国でそれぞれ事情が大きく異なることを痛感しています。今回、東南アジア企業と話してよく耳にしたのは、労働者が給与口座を持っておらず、いかに生活を支えていくかというときに、フィンテックが必要だという声です。日本やシンガポールとは全く別の理由でフィンテックが必要なのです。
 あるいは、台湾の路面店の店主に、キャッシュレスを導入すれば便利になるだろうなと思って話しかけてみたことがあります。実は無許可でやっているので、キャッシュレスにすると当局に全て分かってしまうので、絶対現金でなければならないとのことでした。
 サービスの根底を支える技術はしっかりしたものでないといけませんが、サービスを提供する段階では、事情は千差万別ですから、国々、人々の生活に合った形で柔軟に提供しないとウィンウィンの関係は作れないと感じています。

 

川端:同感です。当社のお客様でも、シンガポールとその周辺国ではまた事情が違います。それぞれ豊かさも異なりますから、求められるコンテンツも違うだろうし、潜在的なお客様には有料サービスにお金を払って使うことの意義を感じて頂くことが大切です。
 ところで、シンガポール人起業家と話していると、シンガポールは小さいので起業イコール周辺国展開ですが、彼らは海外進出とかグローバル化という言葉はほとんど使いません。例えばベトナムに行くならば、立ち上げ自体は創業メンバーが関わるけれども、基本的にベトナム人を責任者にして、ベトナム人がマーケティングをします。これをローカライズとも言いません。日本人は、あまりにも大きく構えすぎずという印象があります。

 

町:日本から出る場合も、外国から入ってくる場合も、どちらも垣根が高くなっていますね。例えば、日本でもこのフィンテック・フェスティバルのようなイベントはありますが、シンガポールに周辺国から集まっている状況を見れば、日本にも中国、韓国、台湾はもちろん、ウラジオストックなど極東ロシアから参加があっても全くおかしくないわけですが、そこまで国際的にはなっていません。

 

SINGAPORE FINTECH FESTIVAL (写真提供:MAS)

企業間で高まるコラボレーションの機運

AsiaX:シンガポール企業のフィンテックの取り組みをどのように見ていますか。

 

川端:シンガポールでは、フィンテックの向かう方向が変化してきていると感じます。私がシンガポールに赴任した2016年3月頃、大手企業はフィンテックの導入初期で、スタートアップが盛り上がっていました。周辺国も同様で、非常に多くのプレーヤーが生まれたものの、3年近く経過してみると、生き残っているプレーヤーが寡占しつつありますし、既存の銀行業界をディスラプト(破壊)するなどと言われたこともありましたが、現在はうまくコラボレーションしようという流れが強いです。非金融からの参入もあり、シンガポールに本拠のあるタクシー配車アプリのGrab(グラブ)やゲーム用サプライなどeスポーツで急成長しているRazer(レーザー)など、大きなプラットフォームを持っている新興企業にも注目しています。もともと自社プラットフォームの中で日常的に動いているお金の流れを活用して、カフェやコンビニなどリアル店舗でも支払えるようにして広がりを持たせています。

 

町:私もこのままでは、暗号通貨の発展性は限られると感じていました。現状は、ものすごいニッチな世界で盛り上がっている状況ですから、取引所と銀行が繋がる必要はあるし、クレジットカードとブロックチェーンなど現実世界と暗号通貨が規格によらずシームレスに接続しなければならないと思っています。当社でも製品開発を行っています。

 

藤原:それでも、シンガポールの金融機関は非常に進取的だと感じます。DBSなど大手銀行もスピーディーにスマホ決済のサービスを展開されたと聞きます。周りを見ながら、様子を伺っているのではなく、この新しい技術は浸透しそうだなとみると、果敢に対応する文化がありますね。
 今回、シンガポールに来てグラブを使いました。秀逸だなと感じましたが、こちらの人々は不満を持っていると聞きます。今後、さらに便利になると考えると恐ろしいなと思いましたし、こうした身近な点からも日本は遅れていると感じました。

 

AsiaX:なぜ、フィンテンク分野で日本は遅れてしまっているのでしょうか。

 

町:日本は、世界で先頭を切って銀行的なシステム化を完了した国なので、その遺産を守ろうという力学が働き、関係者の意見をよく聞かなければならないというのは、ある種、歴史の必然だと思います。法律的には、資金決済法、銀行法があり、前払式支払については100万円までと決まっています。これは法律的にはかなり進んだもので、小売業者が銀行業ではないがクーポンのようなものを発行して良い特例としてできた面があります。ECが発達する以前の話であり、100万円を超えることなどまずありませんから、前払式支払のルールにはみんな感謝したわけです。しかし、現在は取り巻く環境が激変しました。一方で、アジア各国はそうした法整備の蓄積はありませんので、これから時代に合った法律を作ればよいわけです。日本のようなレガシーの世界では、調整が遅れるのは仕方がないと思います。
 シンガポールに関して言えば、新しいルール作りが進んでいます。例えばシンガポール通貨金融庁(MAS)が2年前に「ユーティリティートークン(特定用途で使われる暗号通貨)は、証券性がなければ特段規制の対象にならない」ことを明言しています。そして、今夏にも5つほど事例を挙げて、これらの場合にはセキュリティー規制に抵触するので、監視下に入ると明確に示しました。こうした姿勢は、実業の立場からは、非常にありがたいと思っています。
 また、日本とシンガポールでは、消費者の気風も違います。日本は各人が大量に個人資産を持っていて、一方でシンガポールの場合は一部エリートは持っているが、それ以外は暗号通貨などには関心がないような感じがあり、ある程度スリム化されています。どうしても日本の場合は、熱狂してしまうと詐欺まがいの事業者に騙されるような人がたくさん出てきてしまうため、やはり仮想通貨交換業の取り締まりに注力せざるを得ない状況があると思います。シンガポールの場合、詐欺事業者自体が少ない気がしますし、国民も熱狂の中で騙される人が続出するという感じではありませんから、新しいビジネスに対して比較的に低整備のもとでスタートしやすいという背景もあるのではないかと思います。

 

川端:そもそも、クリプトカレンシーを日本では仮想通貨と訳しますが、「クリプト」は「暗号」という意味なので暗号通貨と訳すべきですね。全然意味が違っていますね。そして、シンガポールなどアジアではブロックチェーンを全面に打ち出した話ができますが、日本では仮想通貨ということが前に出てくる。ビットコイン取引所のマウントゴックス事件などが話題になりがちで、なんとなく怪しい、それを支えているブロックチェーンも怪しいみたいになってしまっていますね。

 

町:円天っぽい雰囲気になってしまっている。(一同、笑い)

 

藤原:今回、フィンテック・フェスティバルに出展して、ジャパンブースはあまり人気がなかったのには驚きました。隣のASEANブースは賑わっていました。技術的にも期待されていないのかもしれないですし、市場としても見られていないのではと危機感を覚えました。フィンテックからは、日本は連想されていないのでしょうか。

 

町:日本の金融機関はもともと、アメリカで発表されたサービスをいかに導入するかが至上命題でした。そのため、情報分析が中心になっており、開発した製品をグローバルに発信することはほぼありませんでした。日本の金融機関、証券会社は、ゴールドマン・サックス、JPモルガン等と組んだフィンテックベンチャーのお客さんというイメージで、製品を開発しているイメージを持たれていないのだと思います。
 2年ほど前から、方針転換したとは思いますが、AIの活用もオートメーション化に向かっていますし、しかも今度はヨーロッパから買ってくるイメージです。もちろん、NECをはじめイノベーションはあるわけですが、日系の金融機関は規模が大きいですから、どうしても日本全体にそのイメージがついていることはあると思います。

 

AsiaX:今後の抱負をお聞かせください。

 

川端:SPEEDAは対象としている企業やセクターが幅広いですが、お客様からのフィンテックなど新しいテクノロジーへのニーズは確実に高まっています。
 当社のシンガポールの日系現地法人で契約頂いている場合は、求められる情報の質は日本本社よりも細かくなりますし、最新動向が求められます。また、現地のお客様からの要求レベルは自ずとかなり高いものになります。私たちのような情報産業には古参の外国大手企業があり、チャレンジが多いのは事実ですが、フィンテックのような新しい分野にもしっかり取り組み、アジアやグローバルでリーダーになることを目指しています。

 

藤原:フィンテック、スマホ決済分野を、より便利にしていくことが私達の一番の目的で、これはどこの国でということではありません。いま、消費データに関してはオンライン、オフライン含めビックデータがたくさんありますが、実はそのお金を誰が出しているかについてのデータはまったくありません。販促を考えるとき、買う人ではなくてお金を出す人のデータが、市場をさらに活性化する起爆剤になり得ると思っていますので、この分野に取り組んでいきたいと思っています。
 加えて海外送金分野です。国と国を繋ぐフィンテックもいろいろ出てきていますが、当社も各国で基盤を作って為替を挟まないような、お金の使い方も実現できると思っています。
 フィンテック分野の先進国といえば中国で、ALIPAY(アリペイ/支付宝)やWeChatペイ(ウィーチャット)などスマホ決済、新しいQRコード決済が世界に広がりつつあります。日本国内ではこれから様々な変化が起こってくるだろうし、日本人は細かい作業が得意なので、日本人らしいサービスも出てくるでしょう。
 いずれにしても、日本国内はもちろん、シンガポールで先にサービスを開始するという可能性も含めて取り組んでいきます。当社にとっては今回のシンガポール・フィンテック・フェスティバルへの出展が本当の意味でのスタートだと思っています。

 

町:我々は、エンターテインメントを決済を含めてグローバルで回そうとしていて、地理感は重要ではなく、決済行動が重要です。日本でも、地方のテレビ局のローカルコンテンツで人気のある番組は、全国放送されていますし、今後は簡単に国境を超えると思います。本当に面白い才能であれば、グローバルで勝負すれば、マーケットが大きいのでそれなりの収入になりえます。日本国内はなんとなく閉塞感が漂っているわけですが、スターを大量に生み出しアジアに進出させる仕組みを整えることが必要だと思っています。システム技術者として、そういうインフラを作りたいと思っています。