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シンガポール小売りイノベーション最前線

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Fate of Marina Square’s Emporium Shokuhin uncertain as debt exceeds $1m(ストレイツ・タイムズWEB版 2018年9月25日付)
〈記事の概要〉マリーナ・スクエア新館の日本食品専門のデパート「エンポリウム・ ショクヒン(Emporium Shokuhin)」で9月24日、店舗入口が突如閉鎖され、「閉店」と掲示された。運営会社であるエンポリウム・コンセプト・マリーナ・スクエアが賃料など100万Sドルを超える負債を抱え、9月下旬に更生管財手続(Judicial Management)の申し立てを行ったことが判明した。
https://www.straitstimes.com/singapore/marina-square-emporiums-fate-uncertain-as-debt-exceeds-1m

シンガポールの小売業界で店舗の閉店や企業の倒産が相次いでいる。その理由として世間一般に報道される内容には、ネット小売企業の台頭が挙げられるが、店舗や企業の成否は各社の事業戦略や展開の巧拙、すなわち内部要因に左右されることは言うまでもない。本稿では、「エンポリウム・ショクヒン」などを事例に挙げて、閉店や廃業の本質的な理由を考察すると共に、シンガポールでも徐々に姿を見せつつある「次世代小売」や「新たな小売のコンセプト」の具体例を紹介していく。そして、小売企業が社会の変化と消費者ニーズの多様化を踏まえた上で、新たな価値を創造していく重要性を訴えていきたい。

 

小売業界で目立つ閉店や倒産の報道
一方で、新コンセプト店舗の展開も

2015年10月に鳴り物入りで開業し、日本の食材を中心とする食品スーパーと飲食店を営業していた「エンポリウム・ショクヒン」が閉店することが9月末に発表された。開業当初こそは、在星日本人の間でも「まるで日本でショッピングをしているよう」ともてはやされていたが、閉店のニュースに接するや「やはり」、という感想を抱いた読者も多いのではないか。

 

シンガポールでは今年以降、他にも小売店舗の閉店や小売企業の倒産の報道が相次いでいる。一例として、神戸物産(本社:兵庫県)が展開する「業務スーパー」の海外1号店が2016年から入居していたジュロン・イーストのビッグ・ボックスは、業績不振を受けて5月から身売り先を探しており、9月には清算手続きを開始している。また、ハーバー・フロントのビボシティに2006年から入居するハイパー・マーケットのジャイアントは、リース契約を更新せず来年3月までに閉店することを決定している。

 

後ろ向きの報道が目立つシンガポールの小売業界であるが、一方では明るい動きも当然ながら存在する。2年間の改装期間を経て昨年10月にパヤ・レバに再開業したシンポスト・センターは、「スマート国家の次世代小売」を実現する試金石として期待を集めている。同様に、今年の2月にフュージョノポリス(大学や研究開発施設の集積拠点)に開店した食品スーパーのコールド・ストレージの新店舗は、「新たな小売のコンセプトを具現化する創造力」のショーケースとしての役割を担う。また、スポーツ用品専門店の仏デカトロンは、郊外で展開する超大型の3店舗とは対照的に、ネット上で注文してから2時間以内に客が自ら商品を受け取りに行ける「クリック&コレクト」向けの超小型店舗を、8月に島内中心部のホランド・ビレッジに開店した。さらに来年の3月には、チャンギ国際空港に隣接して新たに開業する複合商業施設のジュエル・チャンギに加えて、老舗の電気街ビルであるフナンモールが3年間の大規模改修工事を経て「国内初のオンライン兼オフラインモール」として開業する予定であるなど、新規出店においては新たなコンセプトを伴う傾向がみられる。

 

立地や時間帯で変わる客層と嗜好
消費者ニーズに応える商品政策が肝

なぜ小売店舗や企業は閉店や廃業に追い込まれるのか。その理由として世間一般に報道される内容には、ネット小売企業の台頭が挙げられる。確かに食品スーパーに関しては、レッドマートやアマゾンといったネットスーパーの普及という外的要因が実店舗の業績に一定の影響を及ぼしているのは否めない。しかしながら、各店舗や企業の成否は各社の事業戦略や展開の巧拙、すなわち内部要因に左右されることは言わずもがなであり、表層的な外的要因だけを鵜呑みにしてしまっては失敗を繰り返すだけである。閉店や廃業の本質的な理由を、先述した事例を挙げて考察していきたい。

 

「エンポリウム・ショクヒン」は、シンガポールで複数の和食レストランを経営していたリム・リウェイ氏(当時40歳)が、他に出店エリアの候補に挙がっていたセンバワン、ジュロンを退けてホテルやオフィスビルが林立するマリーナ・ベイのモール内に出店。主な客層は平日はオフィス街に勤務するビジネスパーソンや観光客、週末は地元の買い物客と、来店客のニーズが種々雑多な中、一体誰をターゲットにしたマーチャンダイジング(商品構成、価格設定、陳列などの商品政策)であるのかが最後まで不明確であった。専門性や希少性を訴求すべく、鮮魚売場には20以上の生け簀が並べられていたが、当地で鮮魚を自らさばいて調理する消費者はウェット・マーケット(市場)で水揚げされたばかりの食材を購入するスタイルが主流ということもあり、売場はいつ覗いても「水族館」と化していた。また、値ごろ感や日常性を訴求すべき加工食品の売場についても、相対的に商品価格は安くはなく、日本の某地方自治体が認定した地元産品の常設売場には、「訪日時の購買意欲」は訴求できたとしても、日常の買い物では購買動機に欠ける「お土産が展示」されている始末であった。

 

ジュロン・イースト駅から徒歩10分ほどの距離に位置するビック・ボックスが2014年12月に開業した際には、駅からより至近距離にある周辺のモールには競合店舗が複数存在していた。ジェムのフェアプライス・エクストラ、ジェイキューブのフェアプライス・ファイネスト、そしてウェストゲートの伊勢丹といった具合で、既に供給過多の市場環境であった。ビッグ・ボックスは倉庫型スーパーの先駆者である米コストコの店舗を真似たように大容量パックの商品を大量陳列で販売していたが、そもそもこの販売手法は、当地の消費者行動を変えるには至らなかった。入居する「業務スーパー」についても、わざわざ足を延ばして買い物に行くほど品揃えと価格に優位性があったわけではないとみる。

 

比較的低価格の商品を中心に販売するジャイアントのビボシティ店については、ケッペル・ベイのコンドミニアムに住む数多くの駐在員や、セントーサ島に居住する富裕層など、主要な商圏世帯の消費者に訴求する品揃えを実現できなかったことが致命的であった。ジャイアントが退店した後の入居が噂されているフェアプライスが、いかにして商圏特性に合ったマーチャンダイジングを展開していくかは見どころになる。

消費者行動の多様化に伴い業態が進化
買い物の場からライフスタイルのハブへ

では「次世代小売」や「新たな小売のコンセプト」とは何なのか、具体的にみていきたい。シンポスト・センターに入居するフェアプライスでは、全面セルフレジに加えて、買い物客が手にした商品をスキャンしながら店内を回遊し、最後に専用のカウンターで支払いを済ませる「スキャン・アンド・ゴー・システム」や、探している商品の売場を最短の順序で回れるアプリを導入するなど、デジタル技術を活用した購買体験の改善に力を入れている。またモール内には島内最大規模の143ロッカーを有するポップステーションを設置、ネット上で購入した商品の受け取りが24時間可能となっており、ネット小売と実店舗小売の融合も図っている。フュージョノポリスのコールド・ストレージでは、全面セルフレジといった新技術の導入に加えて、即食商品の品揃えの拡大、ダイニング・エリアやワイン・テイスティング・バー、そして無料で利用できるミーティング・ルームを設置することによって、単に買い物をするだけの食品スーパーから「ライフスタイルのハブ」となるべく、顧客体験の刷新に力を入れている。
「クリック・アンド・コレクト」は、デカトロンなど実店舗での販売が中心の企業だけでなく、ネット専門の小売企業も積極的に導入している。ネット小売最大手のラザダは、大手ディベロッパーのキャピタランドと協力し、後者が運営する商業施設内にラザダのウェブサイト上で注文した商品を受け取れるラウンジを開設している。消費者の利便性を高めるだけではなく、ネット小売から実店舗小売への送客も期待される受け取りシステムは、今後も拡充していくとみる。

 

またジュエル・チャンギには、米ニューヨーク発の人気ハンバーガー・チェーンのシェイク・シャックがシンガポール1号店を、米アップルがオーチャード通りのシンガポール1号店に続いて2号店を出店する計画であり、消費者に訴求するテナントミックスを思慮する姿勢がうかがえる。フナンモールにおいては、センサー、データ・アナリティクス、そして顔認証技術を活用し、来店客の消費嗜好を分析した上でカスタマイズされた販促が計画されているなど、最新技術の小売現場への応用にも期待が集まっている。

 

小売業は社会と消費者への「変化対応業」
変化を先取りした価値創造の姿勢が必須

今後シンガポールで小売業が発展的に成長をしていくためには、社会の変化やそれに伴う消費者ニーズの多様化を十分に踏まえた上で、マーチャンダイジングの高度化は言うまでもなく、ライフスタイルを豊かにすべく新たな価値を消費者に向けて創造、提供していく姿勢がより重要になってくると考える(図1)。

 

例えば日本では、かつては「若い男性向け」と言われていたコンビニは、今では50歳以上または女性の客の比率が約半分を占めるようになり、客層の変化に合わせて品揃えや売り場レイアウトは日進月歩で進化している。またシンガポールにおいても、今年で開業25周年を迎えたシンガポール髙島屋は、1993年の開店から10年間は赤字続きで撤退論も出たというが、マーチャンダイジングを繰り返し修正したことなどにより、現在では当地での事業の利益が連結営業利益の約20%を占める稼ぎ頭に成長している。

 

小売業が先進的な米国、中国、日本からは周回遅れで小売業の新コンセプトが導入されている印象があるシンガポール。絶え間なく変化する市場の特性に合わせて消費者行動や買い物体験を大きく刷新するような価値を創造していくことができるのか、今後も各小売企業の動向に注目していきたい。