AsiaX

東南アジア5ヵ国の人材事情

人口規模は比較的大きく、平均年齢も若いことから、今後も市場規模の拡大が期待される東南アジア新興国。新たに進出する企業は引きも切らず、都市国家シンガポールから周辺国に、あるいは周辺国からシンガポールへと拠点機能を移す動きもある。一方で、各国の就労規制の見直しが各方面に波及し、人材を取り巻く状況にも変化が出てきているという。今回は、近くASEANデスクを開設する予定のパソナグループのベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアの担当者を招き、各国の最新状況や今後の展望について、話を聞いた。

 

Pasona HR Malaysia Sdn. Bhd.
Sales Manager
渡名喜 健 さん

日本で外資系人材会社に勤務した後、2013年にパソナ中国(Pasona Human Resources Shanghai Co.,Ltd.)入社。上海で営業部を立ち上げ、Sales Managerとしてマーケティング・コンサルティング業務に従事。17年よりパソナマレーシア(Pasona HR Malaysia Sdn. Bhd)に参画し、新規ビジネス開発・新規アライアンス事業を展開。マレーシア・中国との比較対象からマーケット動向の情報提供、マレーシアでの新規サービス展開の実現可能性、HRコンサルティングサービスについてのアドバイジング業務に従事している。ワンストップソリューションを目指し、サービスラインナップを拡充している。

 

Pasona Singapore Pte. Ltd.
General Manger / Sales & Marketing Division
森村 美咲 さん

パソナへ入社後、渋谷区・港区エリア担当の法人営業としてキャリアをスタート。その後、特別法人部門にて大手外資金融・大手日系通信業界などの専属営業を経験。ソリューション事業部で営業推進担当リーダーとして、BPOサービスのソリューション企画・提案、OEM提携先開拓などに従事。2011年よりパソナシンガポール法人(Pasona Singapore Pte. Ltd.)で、人材紹介・派遣案件のみならず、新規事業エリア(人事労務、研修、アウトソーシング事業)の立ち上げを行い、HRに関するトータルソリューションサービスの提供に従事。プライベートでは、4歳児の母として、日々奮闘中。

 

Pasona Tech Vietnam Co.,Ltd.
General Director
古谷 誠一 さん

大学卒業後、専門商社にて海外営業、海外展示会等での商材の買付を行う。2008年パソナグローバルに入社。2010年グローバル事業部の大阪支店立ち上げに従事。関西圏の企業を中心にグローバル人財の採用支援、中小企業の海外進出サポートを行う。2014年にPasona Tech Vietnamハノイ支店の立ち上げで渡越。ベトナム北部地域の日系企業向けに採用、研修、BPOサービスの提案を行う。2017年にホーチミンに異動し、General Directorに就任。大学と協業しての人財育成、エンジニアを活用したBPO事業等、他社との差別化を図りながらオンリー・ワン企業を目指している。

 

PT. Pasona HR Indonesia
President Director
戸矢崎 瑞穂さん

パソナ入社後、千代田区エリアで総合人材サービスのソリューション営業を担当。メーカー・商社・金融機関等大手企業から、老舗中小企業、新興ベンチャー企業など幅広い業界・業種の採用・人材育成支援に携わる。その後、同社営業施策の管理、新規プロジェクト企画に従事。2012年、大阪府「中小企業のためのグローバル人材育成事業」プロジェクト運営がきっかけで、パソナインドネシア(PT. Pasona HR Indonesia)に赴任。人事労務に関わるトータルコンサルティングサービスの提供を経て、現在、人材紹介事業責任者としてマネジメントに従事。また、3歳児の母として、キャリアと子育ての両立に努める。

 

Pasona HR Consulting and Recruitment (Thailand) Co.,Ltd.
Managing Director
鉤 伸秀さん

2004年、パソナに新卒で入社。大手製造業の専属営業として人材派遣サービスの提供、BPOサービスの提案などを行う。2011年よりチーム長(マネージャー)として、日系・外資大手メーカーを担当。14年6月、パソナマレーシアの立ち上げのためManaging Directorとして渡馬。18年4月には現地ローカル会社を買収し、人材紹介サービス、人材コンサルティングサービスの土台を作る。同年7月からPasona HR Consulting and Recruitment (Thailand)のManaging Directorを兼務。タイ・マレーシアで唯一の“総合人材サービス業”を目指し幅広い人材サービスの提供に努めている。


AsiaX:人材の観点から、現在の各国の状況を紹介してください。

 

鉤:タイは新興国ですが、少子高齢化は先進国並みに進んでおり、今後、20代~30代前半の人材が減少していくという見通しもあって、少し転職活動をすればいくつも内定が取れる状況と言えます。ASEANの中では、最もジョブホッピングが活発化しており、企業にとっては非常に厳しい状態ですね。特に若い方々は1~1.5年ほどで転職している方も多いというのが現状です。
 給与水準も高い上昇率で推移しています。20~30代のスタッフ層はもちろん、特にタイ人の中でマネジメントができる人材は、日本人と同等以上の破格の条件で採用されています。

 

戸矢崎:インドネシアは、人口約2億5,000万人の大国で、平均年齢は30歳ととても若いです。2030年頃まで人口ボーナス(労働力増加率が人口増加率よりも高くなることにより、経済成長が後押しされること)は続くと言われています。経済成長率の伸びに比例して就業人口も増加しています。
 人気がある業種は、依然として、商社や金融などですが、有名大学の理系新卒者の中にはサービス業で働く人も増えています。インドネシアでは、製造業の約40%は工業団地に立地していますが、工業団地ではなく、ジャカルタエリアで働きたいと考える若い人が増えてきている印象があります。
 インドネシア人の新卒給与は日本円で約4万円ですが、マネージャークラスを採用する際の給与は約10万円以上です。マネージャー層とスタッフレベルの格差が広がっていると感じます。とはいえ、大学就学率は約20%ですから、これから若い人を、マナーを含め基礎力を付けて、育てていくことが重要な時代に入ってくると思います。
 インドネシア政府は、海外企業の投資誘致を積極的に行ってきました。しかし、タイやベトナムに遅れたという評価もあり、政府には危機感があるようです。一方で、外国人が大量に入ってくると労働者擁護の点で問題が出てきます。今後は、ビザ取得を簡素化する方向がある一方で、外国人採用の際にはインドネシア人へのスキル移転を前提とした両面の政策が走っていくことになると思います。

 

古谷:ベトナムの人口は約9,400万人ですが、2025年前後には1億人を超え、2030年頃には日本と逆転すると言われています。1970年代までは戦争をしていましたが、70年~80年代にかけて復興し、90年代後半にドイモイ(刷新)という経済政策を打ち出して以降、社会主義国ですから様々な規制はあるものの、特に2000年代に入ってからは外資系企業の進出が続いています。
 ベトナムにはこれまで主要産業がありませんでしたが、いま政府はIT産業を育てる戦略を明確に打ち出していて、会社立ち上げから4年間は法人税免税、その後9年間の免税(50%)というような優遇策を行っています。また、大学のIT系の学部・学科に投資もしています。また、ダナンやニャチャンなどリゾート開発に代表されるように、観光産業を大きくしようとしています。今後は、観光産業で活躍できる例えば大学でホスピタリティーを学んだ人材にも、チャンスが出てくると見ています。

 

森村:シンガポールは高齢化の問題がクローズアップされてきています。企業から、定年後の再雇用の手続きや、再雇用の契約書の作成などの相談が非常に増えています。

 
AsiaX:日系企業の日本人の求人動向はいかがですか。

 

渡名喜:マレーシアでは、日系製造業に関しては、進出は多くなく、撤退した話も耳にします。一方、飲食店や、IT関連などのサービス業進出は続いています。今後、サービス業の責任者クラスの需要がますます高まっていくと見ています。
 また、マレーシア政府はMSCステータスという政策を推進しています。IDを取得した企業は税金面で優遇され、外国人の雇用も自由になります。このステータスに絡めて、IT関連のカスタマーセンター、コールセンターを設置する流れがあります。何十人、何百人規模の日本人を採用できるため、関連の問い合わせが増えています。

 

鉤:タイには日系企業は約6,000社進出しており、日本人の求人は絶えずあります。非製造業の企業数が製造業を上回るなど構成に変化はありますが、サービス業を中心に今後さらに日本人の採用が加速していくと見ています。タイには、現在7万人の日本人が住んでおり、毎年2、3%くらいずつ増えています。大学を卒業してすぐに海外で働きたいという人もいれば、タイで骨を埋めたいというシニアの方もいます。

 

古谷:リーマン・ショックの影響はありましたが、2007~18年にかけて毎年100社の日系企業がベトナムに進出しており、今1,800社超になりました。立ち上げには、経験者が必要となりますが、現実的に35歳前後から40代のビジネス経験者が少ないというなかで、この4、5年、企業は優秀な人材を採用できていません。そこで、大手を中心に新卒を採用して社内でトレーニングしながら底上げを図る流れも出てきています。大学と連携しながら若手人材の育成、採用に取り組む動きがあります。
 一方、日本語スピーカーの需要は高いものの、最近は、ビジネスには英語が必須ということで、日系企業も英語人材の採用に切り替えている感じもあります。

 

森村:シンガポールでも、日系企業のセールス、アドミン、秘書、カスタマーサービスなどの職種で日本語スピーカーの需要は常にあります。
 最近はM&Aが活発で、シンガポール現地法人と日本の本社が連携して取り組むことが増えている中で、シンガポール現地法人ではM&A経験がある方や経営企画出身の日本人を、世界中から集める流れもあります。あるいは、オートメーション化への対応などでも、同様に高度な人材が必要になってきています。

AsiaX:シンガポールではEPの厳格化が言われていますが、各国の就労ビザの現状はいかがですか。

 

戸矢崎:インドネシアでの日本人の就労枠は、ローカル3人に対して1人です。ただ、潜在的な日本人の需要はありますが、工業団地で働く場合にはインドネシア語が必要になりますし、現状はキャリアアップに繋がる職種が非常に限られていると言えます。
 就労ビザ取得の要件としては、就労経験5年、大学卒業証明書、年齢が重視されています。中でも、最近は就労経験が特に重要になってきていて、新卒者が働くのはさらに難しくなってきています。

 

古谷:ベトナムでは、外国人の採用に関して産業や職種によるルールの違いはなく、外国人とローカルの比率などは規定が一切ありません。ただ、残念なことにベトナムは人気がなく、ここで働きたいという日本人は少ないです。これだけ経済成長が著しく、ビジネスが伸びてきている中で、仕事をするのは面白いはずですが、その魅力がうまく発信できていないと思います。
 ビザに関しては、日本人のWP(ワークパーミット)は最長2年です。ただ、大学を卒業していることと、ベトナムで就く仕事の経験が3年以上なければなりません。ですから、基本的には新卒者がベトナムで働くことはできません。

 

渡名喜:マレーシアでは、大卒プラス3年、高卒プラス5年の就業経験でビザがおりているという実績があります。海外に飛び出したい若い日本人にとって、ハードルはそれほど高くはありません。ローカルとの比率の規制もないですね。ただ、最近では見直しが入り始めている気はしています。

 

鉤:タイでは、新卒でもビザが取得できる場合があるので、採用枠があれば申請自体はスムースです。採用枠は、現地法人ではローカルと外国人の比率が4:1、駐在員事務所は1:1です。ビザの期間は通常1年で、毎年更新します。
 今、注目されているのは、BOIという制度です。マレーシアのMSCに似ていますが、資金、新技術を持つ海外企業向けの特別なライセンスで、取得すれば、採用枠の上限はなくなります。例えば、ASEANの地域統括拠点をタイに置くと、このライセンスが取得できます。政府としては、情報やノウハウをタイに集めるのが狙いですね。

 

AsiaX:ASEANの地域統括機能をどこに置くのかというテーマがクローズアップされるようになってきています。企業の動向について各国の実感を聞かせてほしい。

 

古谷:ベトナムには来ていませんね。タイ、マレーシアと比較しても経済格差がありますし、外資に対する規制緩和は進んでいるとはいえ社会主義国であり、大企業が管理部門をベトナムに持ってくるというのは現実的ではありません。
 一方、シンガポールまたはタイからベトナム国内を見ているケースは多いですが、販売部門に関してはタイの方が増えてきています。ベトナムに拠点を作らずに、タイ法人にベトナムから営業スタッフを派遣する形にして、彼らがベトナムで販売活動をしています。

 

戸矢崎:インドネシアにも来てないですね。金融系が、タイではなくシンガポールから見る流れが顕著になりましたが、インドネシアの立ち位置は変わっていません。

 

渡名喜:マレーシアには移ってきています。シンガポールでなければできない仕事かという点が大事ですが、企業はコストの面から基本的には移管したいと考えています。クアラルンプールは周辺国へのアクセスも良いですし、アシスタント業務などは移管しても、英語、中国語スピーカーはいますので、大きく困ることはないようです。企業が移ってきていることに関しては、マレーシアはシンガポールの政策の恩恵を受けていますね。

 

森村:コールセンターやBPOセンターのバックオフィス系は、シンガポールからマレーシアやタイに流れていますね。シンガポールでも、マレーシアの人選をしてほしいという依頼が来ています。
 一方で、シンガポールにマーケティング戦略機能やリスクマネジメント・コンプライアンス機能を置いて、アセアン地域のガバナンス強化をしていく傾向も、この1、2年で出てきています。何をシンガポールに置くべきか、常に議題に上っている状況ですね。

 

渡名喜:情報は間違いなくシンガポールに集まるので、シンガポールに拠点を置かないということはあり得ない。機能をどう切り分けるのかだと思います。

 

鉤:BOIの効果もあって、大手企業がシンガポールからバンコクに地域統括拠点をつくる流れはあります。税制の優遇措置などのほか、カンボジア、ミャンマー、ベトナムなどメコン地域まで見るには非常に立地が良いということもあると思います。

 

森村:人材面ではどうですか。リージョナルマーケットを見られるローカル人材はいますか。

 

鉤:いません。基本的に日本人ですね。

 

森村:シンガポールでは、地域統括拠点にローカルのHRダイレクターやリージョナルマネージャーを置いている企業が多く、リージョナルマーケットを見られるローカル人材も他のアセアン国に比べるといると思います。

 

AsiaX:日系企業は各国ローカル人材に人気がありますか。

 

渡名喜:給与額では、国営の大手企業、日系以外の外資企業、その次に日系企業という順ですね。ただ、日本の文化が好き、日本語を使って働きたいという人はいます。マハティール首相が以前実施したルックイースト政策は「日本人の勤労倫理を学びなさい」というものでした。当時、留学生を大量に日本に送りましたが、彼らがその子ども世代、孫世代に伝えているという意味では、若者も日本を良く思っている可能性はあります。

 

古谷:ベトナムと日本の国家間の関係は非常に良好で、親和性は非常に高いです。しかし、意外にも日系企業で働きたいとは思ってないようです。ベトナムにも大学生の人気企業ランキングがありますが、トヨタが上位に入ってくるくらい。あれだけホンダのバイクが走っているのでホンダが出てきてもいい気がしますが…。
 ちなみに、韓国企業はSAMSUNGをはじめ非常に人気が高いです。韓国企業の場合、駐在員という感じではなく、ベトナム語を必死に勉強して現地化していきます。韓国国内の景気も厳しいですから、「帰ってこなくて良い。ベトナムのマーケットを拡大せよ」というスタンスです。結果、いま、ベトナムにいる日本人は2万人ですが、韓国人は約12万人です。大きな差がつきました。
 日系企業にとって期待できる要素もあります。ベトナム政府は、日本語学習に積極的で、国内の普通小学校で日本語学習を義務化しています。日本語学習者は非常に増えていて、その出口は日系企業への就職ですから、5年後、10年後に成果が出てくる可能性はあります。一方、課題もあります。多くのベトナム人が技能実習生や日本語学校の学生という身分で日本に行き、3~5年の間、生活、仕事をして、日本語を学んで、技術を持ち帰ってくるにもかかわらず、帰国後は給与の良いタクシー運転手になったりしています。送り出すだけで、戻ってきた時の支援がされていないことは、両国政府の課題になっています。

 

戸矢崎:インドネシアでの日系企業のイメージは、韓国企業より良いと感じます。業務は厳しいけど、とにかく法令を遵守すると思われています。

 

鉤:タイでは、日系企業に対して一定の人気はありますが、一部怖がられているところもあります。特に日本人の上司のイメージが悪いケースもあり、タイの就業文化と日本の就業文化の違いを理解せずにいると、更に離職率の上昇につながるなどの問題も起きています。

 

森村:シンガポール人の人事担当者に言われるのは、日系企業はブランディングがあまり得意でないということです。日本語を勉強している人の中には、日系企業で働いてみたいという人もいるが、長時間労働のイメージや、あまりに日本語だらけの職場環境に辟易しているようです。一方、シンガポール国立大学(NUS)や南洋理工大学(NTU)のキャンパスキャリアフェアを見ると、出ている日系企業は少ない。見せ方に圧倒的に差が出ていますね。

 

AsiaX:今後、どのような取り組みを強化していく考えですか。

 

古谷:派遣をうまく活用しながら、ベトナム国内におけるマーケティングや営業活動に繋げていき、もしうまくいくようであれば、会社を設立するという支援に力を入れています。
また、ベトナム人エンジニアの活用も考えていきたいです。日本では理工系人材の確保が難しくなっていますし、いずれタイもそういう時代が来るかもしれません。一方で、ベトナムでは理工系の人材が多くいます。しかし、ベトナム国内には彼らを吸収できるほど仕事がありません。ですから、うまく海外に送り出すことが必要だと認識しています。当社もフローをうまく構築していきたいです。

 

森村:シンガポールの強みは多文化に精通していることだと思います。地域統括拠点を管理するには、単一民族の国家より圧倒的に良いでしょう。他国に比べ政治は安定しているし、人材も豊富です。ただ、コストは非常に高いので、製造部門は、高付加価値の製造業へシフトするなどの選択が迫られてくるでしょう。働き方の柔軟性などはさらに進むと思いますから、シンガポールはもちろん周辺国の動向も踏まえながら人材サービスを提供していきたいと思います。
 また、この一年間は欧米系企業からの日本人人材に関する問い合わせが非常に増えています。日本マーケットを見る人、日本勤務ができる人、あるいはAPACから日本への進出を目指す場合の問い合わせもあります。日本語、日本人ということが何かしらキーワードになってきていると思いますので、日系の強みを生かしていきたいです。