AsiaX

ここに注目! シンガポールの生活&ビジネスルール

シンガポールに住む日本人の中には、この多民族国家と日本との様々なルールの違いに戸惑いを感じている人も多いのではないでしょうか。商習慣などビジネス上のことだけでなく、交通ルールや飲酒・喫煙ルールなど生活上にまで、その違いは多岐に及んでいます。シンガポールに来たばかりの人だけでなく、在星年数の長い人であっても「よく分からないので、関わらないようにしている」というトピックもあるのではないでしょうか。今回の座談会では、在星日本人ゲストに法律やルールの違いに起因するエピソードや、制度の趣旨や運用など、疑問に思っていることなどを挙げていただき、シンガポール法制の専門家にアドバイスをいただきました。

 

SAIKAI TOKI TRADING PTE LTD
Managing Director
川崎 琢哉 さん

有田焼で有名な陶器の産地、長崎県側の波佐見町で生まれ育ち大学卒業後は九州内で就職。その後、海外でのホームステイなどを経て西海陶器に入社。2000年にアメリカの支社に移り倉庫作業から営業まで下積みを経験し、05年一旦日本へ帰国。すぐさまシンガポール支社Managing Directorに就任、現在に至る。幼い頃からサッカーを通し、人間関係、会社、社会を学び、“郷に入れば郷に従え”をこれまでずっと心に置いてきている。

 

Global Partners Consulting PTE LTD
Chief Manager/Business Advisory
泉 美帆 さん

教育フランチャイズ業界にて10年以上海外経営管理、海外事業拡大に従事。2011年よりシンガポール・マレーシアに駐在し、現地法人の再編・業務改革を担当。仕事・育児をしながら英国マンチェスター大学MBAを取得。17年、コンサルティング会社GPCに入社。現在、金融、教育、医療、介護、飲食、美容、ファッション、サービス、テクノロジー等、幅広い業界・規模の企業の東南アジア進出、事業拡大、企業再編をサポートしている。

 

ASATSU-DK (ADK) SINGAPORE PTE LTD
Managing Director
西尾 武史 さん

米国の大学を卒業後、外資系ブランドコンサルティング会社に入社。様々な業界の企業や製品のブランディング活動に4年間従事した後、共同プロジェクトで出会った広告会社、アサツーディ・ケイ(ADK)に入社。営業担当として12年間、主に外資企業の日本におけるマーケティング活動を幅広くサポート。2018年1月、ADK SingaporeのManaging Directorとして来星。アジア太平洋地域のクライアントが抱えるマーケティング課題の解決に力を注ぐ。

 

Whetu Digital PTE LTD
Chief Executive Officer
マッカイ 英里さん

豪キャンベラ大学にて学士号取得。日本のコンサルティング会社で採用、マーケティングおよび営業を経験した後、2016年1月よりシンガポールにてFacebookマーケティングエキスパートとして従事。800社以上のFacebookアカウントの分析、運用を支援した。18年4月にWhetu Digital PTE LTDを設立。東南アジア向けマーケットを中心に、マーケティングの要件定義からクリエイティブ作成、運用をサポートしている。Facebook Certified Buying Professionalを取得している。

 

SHIKI INTERNATIONAL PTE LTD
Managing Director
神田 博之さん

大学卒業後、日系商社に入社。インドネシアの合弁会社出向を含め約10年間の勤務で経理部門と化学品部門の営業を経験。化学品の営業時代には、アジアと米国向けのビジネスを構築するために奔走。2005年10月にシンガポール人と日本人のパートナーとともに会社設立。シンガポールを拠点に、マレーシア、インドネシア等の近隣諸国提携先とのネットワークを駆使して、日系企業の東南アジア進出を支援する活動を行っている。

 

ケルビンチアパートナーシップ法律事務所(KCP)
Foreign Legal Advisor
菅谷 伸夫さん

Singapore Management University School of Law卒業(L.L.M.)。日本法弁護士として国内法律事務所で数年勤務し、昨年からシンガポールに在住。現在KCPシンガポール事務所を中心にミャンマー、ベトナム、カンボジア、タイ、インドネシアの事務所にて現地人弁護士と協働しながら、主に日系企業に対しアセアン諸国への進出支援、M&A、ICO・フィンテック、個人情報保護法、労務に関する法的支援等幅広く法務サービスに従事する。

法律違反した場合実際に罰金は徴収される!?

AsiaX:シンガポールは、ルールが厳しいと言われています。赴任前のイメージ、そして実際に生活してみて、どのように感じていますか?

 

神田:来星以前はシンガポールの法律は厳しいと想像していましたが、実際に住んで、ビジネスをしてみると、思ったほどではないなというのが正直な気持ちです。
つい最近のことですが、申告を忘れていて、これはペナルティを課せられても仕方がないと思っていたのですが、申告期限がエクステンド(延長)になっていて、その期間中に処理をしたので、何もペナルティはありませんでした。案件や金額にも依るのかもしれませんが、制度は厳しいが運用を柔軟にしているイメージはありますね。
また、所得税に関しては、一括払いだけではなく、分割払いができます。選択肢を与えていて現実主義だと感じます。制度を緩めるとタガが外れてしまうというなかでの、さじ加減が絶妙だと思いますね。

 

菅谷:法律違反の場合でも1回目の罰則は勧告のみというような場合もあり、法律的にも1回目のミスについては寛容な場合が多いですね。ただ、2回目以降は罰金額がどんどん上がっていきます。それでも続くようだと違反の種類によっては禁固刑など、課される罰則も厳しくなっていきます。
また、日本人には思いもよらない法律も多く、知らないがゆえに法律に違反してしまうケースもありますね。
例えば、デング熱やジカ熱の流行を未然に防止する目的で、蚊を発生させてはならないという決まりがあります。抜き打ちで家庭を訪問され、チェックされることもあり、屋外で水を溜めていたりしていると、蚊を発生させないための措置を怠ったとして1,000Sドル以下の罰金を課されることがあります。
公共交通機関での飲食も禁止されていますし、ドリアンの持ち込み禁止というのもあります。
シンガポール人は公共の場所でのマナーが良いと言われていますが、こうした罰金制度の影響が大きいと思います。

 

西尾:当社社員が休憩中に屋外でタバコを吸っていたところを私服警察官に見つかり、その場で罰金300Sドルを支払ったと言っていました。以前も同じ場所で見つかったのですが、1回目は注意されただけで、2回目は見逃してもらえなかったというわけです。細かな注意のことまで記録がきちんと残っているのには驚きます。
携帯電話のマナーは日本とは違いますね。周りを気にせず、大きな呼び出し音が鳴って、大声で通話する人も多いです。

 

菅谷:シンガポールでは公共交通機関での通話が禁止されていないので、マナー面はともかく罰金をとられることはないのです。これは文化の違いでしょうね。

AsiaX:交通マナー、ルールに関してはいかがですか

泉:シンガポールでは、公共交通機関でもどこでも、子供連れやベビーカーなどに対する理解、協力度は抜群に良いです。しかし、道路に出ると日本と違って歩行者優先ではありません。子供は本当に気を付けていないと危ないです。

 

マッカイ:同感です。日本では歩行者優先のはずの横断歩道が、シンガポールでは車優先のようになっているので、必ず車が通り過ぎてから横断歩道を渡ります。横断歩道を渡っている間に車が来るのが見えた場合でも、こちらから手でサインを送り注意をさせるようにします。またバス停ではバスに乗りますよという合図を運転手に送らないと停まってくれないので、必ず手を挙げてバスを止めます。

 

神田:運転していると前を走る車のライトが眩しいと感じることがあります。時々、前が見えずにヒヤッとします。

 

菅谷:それは改造車である可能性が高いです。車検が初回は購入から3年後、後は2年ごとですから、その間にライトなどを改造して、車検前になったら戻すという人もいるようです。シンガポールで自動車を購入するのは、ある程度の収入を得ている人たちですから、そもそも罰金を恐れていない人もいるようですね。

 

川崎:運転中に地図を見ようと携帯電話を使っていたら、白バイに止められたことがあります。200Sドルの罰金を支払いました。携帯電話を固定させるホルダーにセットしてあれば、運転中でも携帯電話を使用しても良いようです。本質的な違いが分かりませんが、警察官も「法律だから仕方ない。シンガポールって面白いだろ?」と笑っていました。ちなみに2回目は携帯電話を没収され、罰金額もさらに高額になるとの説明でした。

 

菅谷:原則として、片手を離した状態での運転が禁止されていますので、携帯電話を使用する場合にはホルダーにセットする必要があります。
そういえば、友人がシンガポールに来たばかりの頃にタクシーを拾おうとしたら、「道端でタクシーを呼んだら違法。タクシースタンドで拾いなさい」と注意され、とても驚いたと言っていました。ショッピングモールのタクシースタンドでGrabカーに乗っても違法ですね。この場合はドロップオフ地点付近から乗らなければなりません。

西尾:本当ですか!? 今日、それで来ましたよ。(一同爆笑)

 

菅谷:この場合は、Grabカーの運転手が罰金を払わなければなりません。Grabに関しては今も様々な規制があります。例えば、身長135cm以下のお子さんの場合、チャイルドシート等がなければ乗車できません。タクシーの場合は、なぜかチャイルドシート等がなくても乗れるようです。

 

神田:安全という意味では、Grabの方がタクシーより運転が丁寧な気がするけど…。

 

泉:Grab Car、Grab Shareの車には135cm以下の子供は乗れませんが、Grab Taxi、Grab Limoを利用するか、チャイルドシートを設置したGrab Familyであれば乗れますね。

 

AsiaX:交通事故時の対応に関してはいかがですか。アドバイスをいただけますか?

 

菅谷:もし事故を起こしたら、保険会社に24時間以内に事故の連絡をしないと保険でカバーされないことが多いので、注意しなければなりません。
もう一つ、日本との決定的な違いとして、被害者は相手方からの要求があれば、相手方に対して事故車を検査させないと、裁判になった際に損害賠償請求等が認められないということがあります。自分で勝手に事故車を修理に出したら、後々不利になりうることに注意が必要です。

 

気になる個人情報の取り扱い

AsiaX:シンガポールはオンラインで非常に効率的に物事を進めることができる国でもあります。そうした中で、個人情報に関して感じることはありますか。

 

泉:毎日、銀行や保険会社から営業の電話が掛かってくることに驚いていますし、いったいどこから個人情報が漏れているのか不思議に思います。世界的には厳しくなっていると言われる個人情報保護ですが、法律上はともかくプラクティス上は意外に緩いのかなと、実生活を通して感じています。

 

川崎:一時期、会社に中国語での迷惑電話が多く掛かってきました。海外を経由しているようにも感じました。社員は対応に時間を取られましたね。

 

菅谷:実際にシンガポールの勧誘規制は厳しくなってきています。電話等勧誘拒否の登録制度(Do Not Call Registry)に登録すれば、電話やSMSによる勧誘は来なくなります。逆に、登録されている電話番号に勧誘の電話を掛けた場合には、発信した会社が法律違反になります。
企業が管理する個人情報についての規制も年々厳しくなっており、実際、個人情報保護法(Personal Data Protection Act=PDPA)に関するご相談は非常に多いです。

 

法律より契約書、異なる雇用慣行

AsiaX:採用など雇用関係の法律で、違いを感じること、気になっていることはありますか。

 

マッカイ:日本では口頭で同意して契約を交わすことがありますが、シンガポールでは口頭上の契約は成立しないと聞いたことがあります。本当ですか?

 

菅谷:口頭の契約も立派な契約です。ただ、契約が成立すると言っても、相手方に「そんな契約をした覚えがない」と言われたときには、契約の存在を証明するために何らかの証拠が必要となります。

 

西尾:採用した従業員に契約時の職務の範囲を超えて少し手伝ってもらいたいという場合もあると思います。まったく手伝ってもらうことはできないのでしょうか?

 

菅谷:契約書面に、職務を列挙したあとにスーパーバイザーは他に仕事を命じることができる(may)と書き添えてあれば、列挙されていない仕事も依頼できます。この一文を挿れておいたほうが良いですね。

 

川崎:解雇に関してはいかがですか。倉庫を運営していると、作業ぶりは各人の個性によって全く違うので、しばしば解雇に関連して悩むことがあります。

 

菅谷:解雇も日本とは異なります。適切な手順を踏めば争いが生じる可能性は減りますが、例えば事前に何の通知もせず「明日からは来なくていい」という形で解雇した場合には、当然争いに発展する可能性が高くなります。

 

マッカイ:解雇も契約書がベースになりますか。

 

菅谷:そうですね、基本的には解雇も契約書がベースになります。シンガポールにも日本の労働法に相当する法律はありますが、その適用範囲が明らかに日本法とは異なります。雇用法が適用される部分については、契約書ではなく雇用法が優先されて適用される場合が多いのですが、雇用法が適用されない部分は、全て契約書で決めることになります。その意味では、契約書が非常に重要になってきます。採用時、契約終了時には、必ず契約書を熟読してください。

 

トラブルが起きた場合の対応

AsiaX:生活上、ビジネス上で、トラブルなどに遭遇したことはありますか。

 

神田:シンガポールに住み始めた頃ですが、住宅の賃貸契約を更新しないことを大家に伝えたところ、未だ居住中にも関わらず次の入居候補者が下見に来た時には驚きました。きれいに片付けていなかったことから、その後、大家と揉めました。当時は、退去までに整理にすれば良いと思っていました。

 

菅谷:退出する2、3カ月前に、現在住んでいる人は、新しく住む人に対して、生活している状態で部屋を閲覧させなければならないという条項が賃貸借契約書に入っている場合が多いです。これは日本にはないシステムだと思います。事前に知っていないと、日本人は戸惑いますね。

 

西尾:逆に、借りる際に細かい傷などをチェックしていたら、エージェントの担当者から「借りる前に細かくチェックし過ぎると、退去時に想像している以上に細かく見られてしまうこともある」とアドバイスがありました。歩み寄りの気持ちを持っておいたほうが良いような気がします。

マッカイ:私は前の大家さんとの契約上、「退去後1か月以内にデポジットを返却」してもらうことになっているのですが、昨年8月に退去して以来、まだデポジットを返却してもらえていません。大家さんが信頼できる人なのか?コミュニケーションが取りやすい環境にいる人なのか?という点も、部屋などの快適さなどとともに最初に確認しておく必要があると思います。日本のように不動産会社が盾になってくれないこともあります。

 

神田:シンガポール企業と取引していて、品質に問題があって揉めたことがありました。金額は高額ではなかったのですが、結果として商売の機会を失いました。こうした場合、品質に問題がなければ得られたであろう利益(逸失利益)の請求はできるのでしょうか。

 

菅谷:請求自体はできますが、その請求が認められるかどうかは別の問題です。裁判で勝てそうだとしても、費用と時間が掛かるようであれば、本当に争う価値があるか考える必要があります。ただ、交渉の手法の一つとして、Letter of Demandを送ったり、裁判を起こしたりすることにより、こちらは本気だぞという姿勢を見せる効果もありますから、やはりケース・バイ・ケースでしょう。

 

川崎:当社はレストラン等に陶器を納めています。代金引換払いなので、配達担当者がお金をくすねたりすることがありますが、少額だと法律に照らして解決することは実際には難しいと感じています。中小企業では、社員を解雇すると人員が不足してくるということもあります。

 

菅谷:法律だけみると、それは懲戒解雇の対象になりますが、そこまでドラスティックに対応しない方がいい場合もありますよね。

 

神田:シンガポールでも、法律に目を向けるよりも、良い具合に丸く収めてしまったほうが得策ということも多いですよね。

 

郷に入れば郷に従え

AsiaX:最後に、シンガポールで仕事をする上で心掛けていることや、これから来る方にアドバイスがありましたらお願いします。

 

西尾:私はまだシンガポールに来て日は浅いのですが、つい自分が外国人だということを忘れて、日本の感覚と比較してしまうことがあります。郷に入れば郷に従うという意識を持った上で、こちらのスタンダードに合わせて考えることを肝に銘じたいと思っています。

 

泉:法律、法令、規制、ルールなどたくさんあっても、政府はその情報をきちんとまとめていて、担当省庁のホームページにもきちんと載っています。また、ルールをきちんと守ろうというマインドセットがあり、政府にもそのルールをきちんと説明しようという努力や姿勢を感じます。ですから、分からないことを分からないままにしないようにしています。シンガポールでは、省庁でもアポイントメントを取れますし、聞きに行けば驚くほど丁寧に説明してくれます。自分で解釈せずに聞きに行くということを続けたいと思っています。

 

川崎:シンガポールの法律はとにかく厳しいです。一方で、「大岡裁き」ではないが、融通が利くという特徴もあります。いずれにしてもシンガポールの習慣に従うのは当然で、このことを踏まえた上で、シンガポールで受け入れられるように、日本の良いところを織り交ぜながら進めていくことを心掛けています。

 

マッカイ:契約書の内容をよく読んで、損をしないようにすることが大切だと思います。加えて、やはりビザについての改定情報はつねに抑えておくことも大事だと思います。

 

神田:法律とかルールはその国の人や文化の上に出来てきたものです。そのことをしっかり理解して、もし分からないことがあれば、ルールを熟知している地元の人に聞くことですね。親しく話せる人を増やしていければ、良いシンガポールライフになるのではないかと思っています。

 

菅谷:そうですね、法律やビザ等の規制も政府の方針によって常に変化していますが、政府の方針というものは、究極的には、シンガポール人の考え方や文化によるものですから、それらを理解することは非常に大事ですね。日本の法律との違いを事前に知っておくことで防止できるトラブルもたくさんあると思いますので、日本法とシンガポール法の違いを熟知している専門家に相談することも、有意義な場合もあるかと思います。お力になれることがあれば、気軽に相談していただければ幸いです。