AsiaX

厳しさ増すEP取得、日系企業への影響は!?

2017年1月のEP発行の厳格化施行から1年半が経過した。日系企業にとっては人材確保が難しくなっただけでなく、シンガポール人の採用に消極的とみなされ、ウォッチリストに載る企業も出るなどその影響は小さくなようだ。この変革期に、日系企業はどう対応し、生き残っていくべきなのか。シンガポールの日系人材サービス会社および日系企業の人事担当者に、その影響や今後の課題などを聞いた。

 

丸紅ASEAN PTE. LTD.
アセアン・南西アジア統括付(兼)アセアン会社人事・総務部長
小坂田 直尚さん

新卒で丸紅に入社。人事部に配属後、社内のキャリアをほぼ人事部で過ごし、企画・評価・組織人事・採用・研修・厚生・グローバル人事・事業会社支援と多岐に亘る業務を経験。2016年4月よりアセアン・南西アジア統括付(兼)アセアン会社人事・総務部長。アセアン・南西アジア地域の人事総務業務の統括とシンガポールの人事総務関連分野の実務を担当。駐在歴はマニラ3年半、北京4年、シンガポールが3都市目となる。

 

RGF Talent Solutions Singapore Pte Ltd
Managing Consultant
南郷 江未子さん

日系メディア、製造業で勤務後に人材サービス業界で日系および外資系のバイリンガル向け人材紹介に従事。RGF では日系チームマネージャーとして、日本からアジア、欧米の案件まで幅広く人材紹介に携わりながら各種コンサルティングサービスおよび契約サービスの開発に携わる。自身のマーケティング経験を活かし、企業側が候補者にどうアピールすべきか一緒に考える採用ブランディングを得意とする。

 

JAC Recruitment Pte Ltd
チームマネージャー
松本 勇太さん

大学卒業後、人事系コンサルティングファームに入社。採用・組織開発コンサルティングに従事。その後、外資系企業にて人事を経験。2015年に来星しJACリクルートメント入社。製造業専任のリクルートメントコンサルタントとして活躍しながら、チームマネージャーとして部下の管理・指導も行う。シンガポール、アジア各国の案件を中心に、技術系専門職、マネジメント層の採用を担当。現在、シンガポール国立大学のパートタイムMBAに通学中。

 

Good Job Creations(Singapore) Pte. Ltd.
Team Lead

塩崎 拓臣さん

子供の頃に中国・無錫にて3年間過ごす。大学卒業後、2015年にWILL GROUPに入社。シンガポール子会社Good Job Creations配属となり、シンガポールでキャリアをスタートさせる。現在は営業部署のリーダーとして、日系・外資系の幅広い業界を担当。
 売上規模が急成長しているGood Job Creationsのスピード感の中、幅広い客層に人材紹介・人材派遣・翻訳などのサービスを提供できるよう日々奮闘中。

 

Reeracoen(リーラコーエン)
General Manager

副島 康介さん

大学卒業後、新卒で大手人材サービス会社に入社し、営業とマネジメントを経験。2015年に株式会社ネオキャリア/Reeracoen(リーラコーエン)に入社し、フィリピン拠点の立ち上げに従事。2016年1月にシンガポールに異動し、17年よりシンガポール拠点の責任者として、オペレーションの管理、スタッフのマネジメントなど拠点運営のための管理業務全般に携わっている。

取得者が前年比4,500人減、採用活動に影響!?
ウォッチリストに載る企業も増えている

AsiaX:外国人に対する就労規制は、ここ5~6年継続して進められてきましたが、EP取得数は右肩上がりで推移してきました。しかし、今年3月に前年比4, 500人減少と発表されました。数字が表すように影響が出てきていると思いますが、企業からどのような相談が多いでしょうか。

 

南郷:厳格化されたと言われていますが、実際のところ何がどう厳格化されたかについての認識は企業ごとに異なっています。ただ、気を付けなければ本当にウォッチリストに載ってしまうし、その後ビザが取得しづらくなるということです。EPの代わりにSパスで採用したい。ローカル人材の採用に切り替えたいという相談、そしてローカルと日本人の比率に注意を払っているという話等が増えていますね。

 

松本:一昨年と比べると、EPを取得して日本人を含む外国人を採用したいという求人件数は半分くらいになったという印象があります。シンガポールの求人需要に大きな変化はありませんので、退職者がいれば補充するはずですが、EPで外国人を採用したいという事例は減ってきています。EPで採用できない場合にどうすれば良いかという相談が増えています。

 

副島:EPがおりるまでの期間が長くなっているということもあります。これまで約2週間で取得できていましたが、1ヵ月とか、中には3ヵ月というケースも出はじめていますので、対策をよく聞かれますね。

 

AsiaX:EP取得に関しては、年齢と出身大学、そして給料額との関係が言われています。日本だけでなく世界中の大学について決まっているのでしょうか。

 

南郷:世界の主要大学について年齢と給料額が決まっています。当社では、これまで申請したデータを地道に記録してリストを作成して、毎年更新しています。昨年時点の調査で分かっていることは、2016年がかなり厳しかったために、昨年は若年層が若干取得しやすくなったようです。

 

AsiaX:レビューの時間が長く、内定を出すタイミングも問題となっているようですが、どのように対応されていますか。

 

小坂田:現場では、EPやSパスが取得できることも採用の条件としています。従って、応募者には内々定という状態でEP/Sパスが取得できるまで少し待っていただいています。その結果、当社では内定していたにもかかわらず、EPやSパスが取得できず働くことができなかったというケースはありません。一方、内々定の段階では採用が確約できないため、現職との退職交渉についてはEPやSパスがおりてからで良いという方針です。就労ビザの取得が最終要件です。

 

塩崎:IPA(In-Principle Approval letter)がおりるまでの期間は誰にも分かりませんので、今後は内定または内々定を得ていても、ビザを待っている間に候補者の状況が変わってしまうなど今までにはなかった理由による辞退が増えていく可能性は十分あると思います。

 

松本:採用企業には過去の事例の蓄積があります。企業ごとにおよそ何週間というパターンが見えていますので、その日数をもとに入社して欲しい日から逆算して内々定を出すというケースが多いと思います。例えば、これまでEP申請後取得まで平均4週間だったので、そこに退職申出の期間を入れて計算していきます。今のところ4週間と予想していたのに3ヵ月になったという事例を見た経験はありません。
ただ、ウォッチリストに載っている企業やEP申請時の記載項目に指摘が入った企業で長期化したことはありました。3ヵ月どころかもっと長くなりましたが。

 

南郷:シンガポールに事務所を立ち上げて、一度に多くの駐在員を移すというケースでは、どんなに高額のサラリーでもレビューに時間がかかったことはありました。
また、追加資料を求められることも珍しくなくなりました。以前は何も聞かれなかった企業でも、MOM(人材開発省)に呼ばれヒアリングを受けたりしていますね。

 

AsiaX:一昨年末に導入されたセルフアセスメントツールについても触れたいと思います。学歴などをインプットすると給料いくらならビザが取得できると出てきます。ただ、それに従って申請しても審査に落ちるケースもあると聞きます。どんな理由が考えられますか。

 

副島:盲点ですが、申請中に誕生日を迎える場合はEPの取得金額のラインが引き上がるために落ちてしまいますね。それ以外の求職者サイドの理由はあまり聞ききません。

 

松本:どちらかと言えば、審査に落ちるのは企業側の理由でしょうね。セルフアセスメントツールには候補者側の情報しか入力しないので、入れていない企業側の情報が原因になっていると考えています。

 

AsiaX:では、話に出ましたウォッチリストについてもお伺いしたいと思いますが、ウォッチリストに載ると何らかの知らせが来るのでしょうか。抜けるにはどのような対応が求められるのでしょうか。

 

松本:ウォッチリストに載るとレターが突然届きます。抜けた時も突然レターが来るようです。

 

南郷:受け取る企業は増えている印象があります。商社系、製造業系にもまさかという感じでレターが届いています。それが伝わり他社も戦々恐々としています。

 

小坂田:当社は現在、外国人とシンガポール人(PR含む)は1:2です。これ以上外国人比率が増えると、ウォッチリストに載る恐れも出てくるので、原則この割合を維持する方向で考えています。

 

南郷:昔は、日系企業のシニア世代は英語が苦手だったので、言葉の問題で日本人や日本語スピーカーの需要が大きかったと思いますが、最近は語学ができる人も多いなかで、どうしても日本人というニーズは、まだ根強いのでしょうか。

 

小坂田:言葉より文化の問題だと思います。日本的なやり方、進め方に慣れている、日本文化の中での暗黙知が共有できている人の方がこのビジネスに関してはうまくいくという場合が少なからずあります。そういうケースには日本人の採用を優先することがあります。

 

副島:大手の製造業、商社を中心に1年ほど前からウォッチリストに載り始めましたが、抜けている実績も徐々に出てきていますね。

 

松本:ウォッチリストに載った場合、よく提出を求められるのは採用計画です。シンガポール人を採用するプランを示して、実際に採用すると外れるようです。もう一つは、「ナレッジトランスファー」と言われていますが、今いるマネージャークラスやスペシャリストの日本人、外国人のポジションを、次の世代でシンガポール人に置き換えられるようにトレーニングしているかなどを説明するようです。

EPの更新も難化、注目されるSパス
貴重な20代人材、30代と逆転現象も出ている

AsiaX:さて、日本人や日本語スピーカーが必要な場合は依然あると思います。EPを取得しやすい業種などはありますか。また、EP取得だけでなく、更新も難しくなっていますが、日系企業はどのような状況なのでしょうか。

 

小坂田:金融業界や石油業界の外国人労働者の比率が多いところを見ると緩めかもしれません。一方、サービス業は非常に難しいように聞いています。要は専門的であり、海外から人を連れてこないと事業が進まないケースは認められやすいのではないかと思います。

 

松本:シンガポール政府が注力している業界は有利だと思います。金融はもともと強いですが、最近ではIoT、AI、ビックデータ、バイオなどです。

Sパスに関しては、企業の中にEPの更新が難しい場合、活用しようとする動きはありますね。また、ウォッチリストに載っていても、Sパス枠がある企業はSパスで人を採用しています。

 

副島:Sパス枠はローカル人材6人に1人ですが、業種によっては5人のところもあります。サービスと非サービスで分かれています。市場では3,000SGDでEPが取得できる20代の人材は貴重だとみられています。30代がSパスで、20代がEPみたいな構図になってきたりもしています。

 

南郷:私の印象は逆ですね。Sパスは枠が決まっていて貴重なので、EPを取得できそうな人はできるだけEP申請して、企業はSパスを温存しようとしていると感じています。

 

塩崎:Sパス枠を温存するという流れはありますね。これは当社が人材サービス業だからできることかもしれませんが、今年度よりスタッフィング(派遣)に力を入れています。企業さまに幅広いサービスを提供することが主目的ですが、スタッフィングの場合は雇用元が当社となり当社のローカル雇用数が増加することで、自社採用のためのSパスを確保できるという狙いもあります。

 

AsiaX:MOMが問題にしているのは基本的にはEPだけということですか。

 

副島:ただ、LOC (Letter of Consent)が認められなかった事例はあります。ウォッチリストに載っているもののLOCなら大丈夫だと考えていたようですが、結果的には難しかったです。

 

松本:LOCは以前でおりていました。今は2週間くらいかかります。具体的な発表があるわけではありませんが、簡単には出さないというMOMの思惑や意図は伝わってきます。

 

 

転換期の人材サービス会社
ローカル化と専門性を強化

AsiaX:EPが厳格化されていく状況の中で、今後、人材サービス会社もビジネスモデルを順応させていく必要があると思います。また、企業として期待していることはありますか。

 

副島:日本人のマーケットが引き締まってきており、日本人求職者向けサービスの成長は難しいと認識していますが、直近では企業の日本語スピーカー需要は増してきているので、そのニーズに対応できるよう各大学、語学学校との関係作りなどに動いています。
求職者に対しては、エージェントとして現状を正しくしっかり伝えていくことが重要だと思っています。採用内定しても、ぬか喜びせずビザがおりてから次のプロセスに進むということを丁寧に一つずつサポートしていくことが重要です。

 

松本:2017年1月にEPが一気に厳格化され、基準が上がった時に、当社は外国人についてはよりハイレイヤーの専門性を持った人材の紹介に力を入れていくこととし、コンサルタントも専門性を高めていくという方針を掲げて取り組んでいます。また、日系企業では日本人駐在員が減っていく中で、その担ってきた役割を果たせるマネジメント、シニアマネジメント層のローカル人材のニーズが出てきています。ローカル人材のハイレイヤーにも力を入れているところです。

 

南郷:最近は日本人がローカルスタッフに置き換えられることが増えていますので、弊社は以前以上にローカルの若手のソーシングに注力しています。
一方で、日系企業には日本人や日本語スピーカーがほしいというニーズは一定数あります。しかし、シンガポール人の日本語スピーカーは減っていますので、どうしても日本からあるいは別の国で働いている日本人ということになりますが、好景気の日本からなかなか出てくる人が少ないのも事実です。そこで、面接では企業から候補者に一方的に質問するのではなく、会社の魅力をアピールする場としても生かすためのアドバイスなどにも力を入れています。

 

塩崎:これまで通り日本人に対するニーズがある一方で、日本語スピーカーや日本語を話さない人のニーズも相対的に上がってきていますので、当社ではこの分野のサーチ力を上げるべく、新しくイベントと提携するなど取り組みを強化しています。
候補者、求職者に対しては、彼ら彼女らも独自に調べていますが、日本人はEPで働くものだという誤解や先入観が強過ぎる人や、給与水準を調べ過ぎて諦めにつながっている人も見受けられます。実際、外資系などにはEPの金額をさっと出す企業もあるわけです。ですから、何か職のことで困ったら、気軽に連絡してくださいというアプローチをとっていこうと思っています。
今後の市場開拓という点では、日系企業はもちろんですが、外資系企業の日本人需要に対しても、日系のエージェントとして力になっていきたいと思っています。

 

小坂田:EP厳格化を機にローカリゼーションを考える会社が増えています。日本人駐在員や現地採用の日本人に代替して、シンガポール人を採用するというときに、やはり日本語は話せたほうが良いという場合もあれば、話せなくても良いからコミュニケーション能力が高い人を採用したいということもあります。人材サービス各社には人材のプールを厚くしていってほしいと思っています。
今後は採用したシンガポール人を日本で研修し、企業文化を理解させた上で、シンガポールで勤務してもらうような流れも拡大していくと思います。そうした流れに合う人材も重要だと思います。

 

シンガポール人に人気がない日系企業
現地への順応能力が必要になる

AsiaX:シンガポールで事業を展開していく、働いていく上で、今後はどのようなことが重要になるでしょうか。

 

南郷:今後、日系企業はカルチャーフィットというところが、すごく大事になると思っています。日系企業のカルチャーにあうシンガポール人を探すよりも、シンガポールのカルチャーに日系企業が合わせた方が、早く確実に自社に合った採用ができます。日系企業もシンガポールのカルチャーや、シンガポール人がどういう労働環境を気にしているのか、どういう会社をどう選んでいるのかという志向性の理解と、そこに条件を近づけていく、カルチャーを働きやすいものに整えていく努力が必要になると思います。

 

小坂田:しっかり認識して、それに合わせていくしかないと思います。短期的にはEPが取れないことに抵抗するしかないかもしれませんが、長期的にはシンガポール人の雇用を守る方向に向かっているという政策の潮目の変化を理解して、日系企業も変わっていかなければならないと思います。その中で、どう人材を確保していくかが次の課題であり、いま各社試行錯誤していますが、組織の形や仕事の仕方、また各種人材サービス会社をどう活用していくのか、もっと考えなければいけないと思っています。

 

塩崎:シンガポールは今、ある産業を伸ばしていこうとするとともに、例えば製造業は他国に移管してほしいという政策を暗に進めていると思います。企業もシンガポールというエリアでビジネスを行っていくのであれば、シンガポールの目指しているところと合ったシナジー戦略が重要になると思います。また、労働者側もシンガポール人や他の国籍の人と比較されたときに、それでもまだ企業に必要とされる人材にならなければならないし、さもなければシンガポールという国と自然にマッチしづらくなっていくのだろうと思います。

 

副島:シンガポール人の就職したい企業ランキングのようなものに日系企業が一社も入っていないことがありますが、これは日系企業が、シンガポール人のカルチャーを意識せずにやってきた代償だと思います。このEP変革を機に、日系企業は事業の在り方、会社のカルチャー、制度などを真剣に考えなければならないと思います。当社としても本業の人材紹介ビジネスでしっかりと売り上げを上げて、シンガポールの社会に貢献していきたい。また、個人としては変革期に身を置いていることをポジティブに捉えて、色々なことに挑戦をしていきたいと考えています。

 

松本:以前、シンガポールでも、日系企業の人気はありました。理由は給料が高かったからです。今は人気が全然なくなっていまいました。日系企業以外の給料は上がっているのに、日系企業はそのスピードについていけなかった結果、今、苦しんでいる状況を生んだのではないかと思っています。東南アジア各国を比較してみても、シンガポールの現地化が一番進んでいなかったりします。統括拠点が多いという背景もありますが、日本の本社側も意識を変えて、シンガポールでビジネスをやっていく以上、政策の方向性に合うように、給料やビジネスを変えていく必要があると思います。