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遅きに失したシンガポール航空とシルクエアの統合

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SilkAir to merge with Singapore Airlines: 5 things to know about the regional carrier
(ストレイツ・タイムズWEB版 2018年5月18日付)
〈記事の概要〉シンガポール航空(SIA)と子会社であるシルクエアの経営統合が2020年以降進められることが明らかになった。記事では、シルクエアの前身・トレードウィンズのことや、1992年の社名変更、1997年の墜落事故、キャビンクルーの制服の変遷、現在の状況を紹介。今年3月末までの年間営業利益は300万Sドルで、前年同期比9分の1に落ち込んだ。
https://www.straitstimes.com/singapore/silkair-to-merge-with-singapore-airlines-5-things-to-know-about-the-regional-carrier

シンガポール航空(SIA)は今年5月、2020年以降に子会社のシルクエアに1億Sドル(約82億円)以上を投資して客室設備を刷新した上で、経営を統合する方針を発表した。中国本土や中東の航空会社との競争が激化する中、業績が低迷する子会社のブランドを廃止して運営を親会社と一体化させることで、グループ全体の収益改善やコスト削減を図ることが狙いとみられる。本稿では、シルクエアの客室設備やブランドの刷新、そして経営の統合が避けられない理由に加えて、シンガポール航空が統合作業を成功裏に終えた上で実際に競争力を高めていくための要点を考察していきたい。

 

シルクエアの客室設備を大幅に刷新
シンガポール航空とブランドを一本化

世界の国際路線の便数トップ10の内4つの路線は東南アジア域内の都市を発着、また現在東南アジアの航空会社が保有する機体数が合計約2,000機であるのに対して新たに約1,600機が既に発注済みであり、この発注数は中東の航空会社と並んで抜きん出ている(CAPA調べ)。世界の航空業界において東南アジアが占める存在感は大きく、今後も域内の航空需要は増加の一途をたどると見込まれている。

 

その東南アジアの航空業界においてフルサービスキャリア(FSC)と格安航空会社(LCC)の双方を運営するシンガポール航空(SIA)が、短中距離路線に特化したフルサービスの子会社シルクエアに1億Sドル(約82億円)以上を投資して客室設備を大幅に刷新した上で、親会社のSIAに統合させる計画を発表した。シルクエアは、1975年にSIAのチャーター便運航会社として設立されたトレードウィンズ・チャーターズを前身としており、1989年にはトレードウィンズ・エアラインズとして定期旅客便をタイのパタヤやプーケットなどのリゾート地に就航している。1992年にシルクエアに名称を変更した後はビジネス需要にも対応すべく路線網を拡大させており、現在は東南アジアを中心に16ヵ国49都市に就航している。

 

SIAは2017年から2020年の3年間を構造改革期間としており、その一環として既に子会社の貨物航空会社はSIAに統合、グループ傘下のLCCであるスクートとタイガーエアは統合した上でスクートブランドへ一本化。シルクエアに関してもファイナンスや収益管理部門などのバックオフィスの一部はSIAと統合済みであり、今回のシルクエアとSIAの完全統合は構造改革の集大成といえる。以下では、シルクエアの客室設備を刷新する必要性に加えて、ブランドを廃止して経営を親会社のSIAと一体化させる背景をみていく。

 

シルクエアとSIAの格差は拡大
一方で両社の運賃体系は同等

強力な認知度やブランドを誇るSIAとは対照的に、確固たるブランドが構築できているとは言い難いシルクエア。設立25周年を迎えた2014年にはSIAとは一線を画した独自色を打ち出すべく、中国や日本への新規路線の開設や新機材の導入などを公表したものの、期待された成果は出せずにいる。そればかりか、シルクエアはSIAのフルサービスの子会社でありながら、座席シート、機内エンターテインメントや機内食などのプロダクト、および接客のサービスレベルに関してはSIAとの格差が顕著で消費者からの不満も表面化している。昨年7月の当欄「事業改革で問われるシンガポール航空の底力(https://www.asiax.biz/biz/43625)」でも指摘した通り、シルクエアに対する抜本的なテコ入れは待ったなしの状況にある。

 

具体的にシルクエアとSIAの格差の一例を挙げてみる。SIAが今年の5月にシンガポール~関西路線に就航させた最新鋭の米ボーイング787-10型機では、機内で鑑賞する映画をアプリで事前に選択することや、往路で鑑賞途中の映画を復路で継続して再生できる機能など、機内エンターテインメントも刷新している。しかし関空からの乗客がシンガポールでシルクエアに乗り換え、例えばカンボジアのシェムリアップやマレーシアのペナンなどに向かう場合、現在シルクエアが使用している機材には座席に備え付けのモニター画面すらなく、SIAと同等のサービスを期待する乗り継ぎ客は短時間の飛行ではあるが少なからずショックとストレスを受けることになる。

 

上記の問題は、仮にシルクエアがプロダクトとサービスを簡素化させたLCCとして運営されているなら受け入れられなくもない。しかしSIAグループのLCCはスクートである。シルクエアはあくまでフルサービスの航空会社としてSIAと重複する路線にも就航している点に加えて、運賃は基本的にSIAと同一の設定または日時次第ではSIAより割高である点(図1)がシルクエアの客室設備の刷新を不可避なものにしている。

 

SIAブランドへの一本化で集客拡大へ
オペレーションの効率化でコスト削減

シルクエアが現在所有する機材のビジネスクラスにフルフラットシートを、全クラスに座席モニターを導入する計画は、調達の関係で2020年以降に実施される予定である。そして一定数の機材の改装が完了した段階でSIAとの経営統合が計画されているが、統合はSIAグループに大きく2つのメリットをもたらすことになるとみる。

 

1つ目はSIAブランドへの一本化による集客・売上の拡大。航空業界に関心の薄い消費者の間では、シルクエアがSIAの子会社であることを知らないばかりか、LCCと勘違いしていることが多いのも事実。実際に航空会社の評価を行う企業の調査によると、シルクエアの評価は年々下がってきており、2017年時点においてはLCCのスクートと同じ水準にまで落ちている(図2)。世界トップクラスの評価を誇るSIAブランドにフルサービスの仕様を統一することにより、今後はグループ全体で競争力を高めた上で更なる集客が期待される。

 

 

2つ目は、グループ全体での効率的なオペレーションの再構築によるコストの削減。既に統合されているファイナンスや収益管理部門以外のバックオフィス業務全般に加えて、客室乗務員の共同運用、路線網およびスケジュールのより一体的な運営、そして2つの航空運送事業許可を1つに集約することなどにより一定のコスト削減が期待される。

 

顧客サービスレベルの統合には懸念も
ブランドの一本化はキャセイの後手

LCCに加えてフルサービスにおいてもブランドを一本化することで業績改善が期待されるSIAに死角はないのか。最後に今後の統合作業を成功裏に終えた上で実際に競争力を高めていくための要点に言及して本稿を締めくくりたい。

 

1つ目の課題はグループの3航空会社間で重複する路線網の再編。昨年にはシルクエアがマレーシアのクチン便、インドネシアのパレンバン便をLCCのスクートに移管、またスクートがミャンマーのヤンゴン便をシルクエアに移管、そして今年に入ってシルクエアがマレーシアのランカウイ便、インドネシアのペカンバル便、フィリピンのカリボ便をスクートに移管するなど、基本的にリゾート路線はスクートに、ビジネス路線はシルクエアに集約する形で再編を進めている。現在SIAとシルクエアで重複している10路線に加えて、図1の通りスクートも含めて3社で重複する6路線については引き続き見直した上で効率的に統廃合を進めていく必要がある。

 

2点目はパイロットや客室乗務員を中心とする社員の処遇や社員意識など両社人事のスムーズな統合。格上が格下の企業を統合する際には往々にして不平等な処遇が発生し、意図したか否かに関わらず不利な処遇を受けた企業の出身者が離職するケースは、過去に統廃合された日系の航空会社においても散見された。SIAは昨年グループのLCC2社を統合した上で客室乗務員は既に共同で運用していることから、人事を含めた統合プロセスの勘所は押さえているとみる。しかしながら、ブランド力や外部評価に大きな隔たりがあるSIAとシルクエアの2社間の企業文化や価値観、そしてそれらに基づく顧客サービスレベルの統合は一筋縄ではいかないと考える。

 

3点目は競争が激化する市場環境の変化に迅速に対応する経営体制の強化。昨年7月の当欄ではSIAが中長距離向けのLCCブランドであるスクートや、プレミアムエコノミーの導入が競合他社に比べて遅れた点を指摘しているが、今回のシルクエアとSIAの統合に関しても、2016年に子会社の「香港ドラゴン航空」を「キャセイドラゴン航空」へとブランドを変更した香港のキャセイパシフィック航空の後塵を拝した感が否めない。

 

拡大する東南アジアの航空市場において、シルクエアとの統合を通していかにシェアを拡大していくのか。SIAの今後の動きに注目していきたい。