AsiaX

東南アジアで“伝える”マーケティングとは ~多様なメディアをいかに活用するのか~

シンガポールを含む東南アジア各地でも日本の地方自治体や地方企業による地域の特産品、自社商品の販路拡大、訪問客の誘致を目指す様々な取り組みが続いています。テレビ、新聞といったマス広告から、デジタルマーケティング、屋外広告やイベントの活用、そしてブロガー等を通じた認知度向上など、マーケティング手法が多様化し、目まぐるしく変化するなかで、商品やサービスの魅力を十分に伝え切れないケースも多いようです。伝えるマーケティングとはどういうものか。今回は、実際にマーケティングに取り組んでいる4人のスペシャリストを招き、東南アジアの日本とは異なる特色や、遭遇しがちな課題などを聞きました。

 

JML SINGAPORE PTE LTD
取締役会長
緒方 健介さん

大学卒業後、第一勧業銀行、A.T.カーニー(東京オフィス)等を経て2015年3月ダイレクトマーケティング支援のトライステージに入社、2017年10月よりシンガポール最大のテレビ通販会社であるJML SINGAPORE PTE LTD取締役会長。テレビ通販のほかGiant、FairPrice、 Guardian、Watsons等約400店舗以上に棚を持ち、家電、美容健康食品等を販売。番組はChUで11~14時(月~金)、7~10時(土日)等毎日放映。

 

ASATSU-DK SINGAPORE PTE LTD
Account Director
乾 今日子さん

大学卒業後、広告会社を経て2005年アサツーディ・ケイに入社。外資系ラグジュアリーブランドのメディアプランニングやPRなどを手掛ける。
配偶者のインド・バンガロール転勤をきっかけに同社を退職し、同地に1年半帯同。2011年シンガポールに移住後、アサツーディ・ケイ シンガポール支社に入社し、以来在星日系企業のシンガポールおよびアセアン市場でのマーケティング活動をサポートしている。趣味はゲームや映像など、サブカルチャー全般。

 

TR Moment
ニュービジネス担当取締役
有森 久芳さん

1981年国際基督教大学卒業。外資系広告代理店の執行役員としてクライアントサービス、メディアバイイング・プランニング、イベント事業などを担当後、2016年10月に日本とシンガポールのジョイント・ベンチャーTR Momentを設立メンバーとして立ち上げる。事業領域はリアルを起点とする多国間のアクティベーション・マーケティングサービス。2016年12月より、株式会社いいね、Japan!の取締役も兼任。

 

DOU CREATIONS PTE LTD
Founder & Managing Director
吉地 大さん

1996年慶應大学経済学部卒。オリンパスを経て、キヤノンでカメラのグローバル事業戦略、商品企画を担当。2013年からアジア地域マーケティング責任者としてシンガポールに赴任。17年末にDOU CREATIONSをシンガポールで設立。アジア展開、事業戦略およびマーケティング戦略のコンサルテーションを提供。より身近なマーケティング支援業務としてWebやFacebookの活用を事業戦略と連動させる、「結果を出すためのデジタルマーケティング活用」などの提案も行なっている。

ターゲットに合わせた
メディアミックスが必要な時代に

AsiaX:まず、現在のマーケティングについて、話を伺っていきたいと思います。

 

乾:シンガポールに限らず日本でも他のアジア各国でも同じですが、デジタルが主要メディアの地位に躍り出ています。特に先進国ではテレビよりも、デジタルの視聴時間の方が多くなっているのが現状ですね。マーケターとしては当然、広告予算をより多くデジタルに分配し、デジタルマーケティングで獲得できるデータによってKPIの分析を行うようになりました。

もう一つ大きかったことは、グーグルサーチ機能のような検索エンジンの登場が、消費者の購買行動を大きく変えたことです。以前、消費者は広告を見て店頭に行き、考えたうえで購入して、家に帰って口コミなどで共有するという3ステップでしたが、現在は広告で商品を認知した後、店舗に向かう前に検索をかけて調べてから、商品を購入するようになりました。

 

有森:私は日本でコスメティック・トイレタリーを中心にブランドとメディア、特にテレビのプランニング・バイイングに25年以上取り組んできました。広告は極端に言えば「流通」に商品を入れてもらうためには「いくら投下しなければならないのか」という図式でした。現在はもちろん大きくデジタル・シフトはしましたが、この構造の本質は変わっていない感があるし、広告費の総額もほぼGDPの1%前後で推移しています。デジタルを含めた広告の投下量が重要な指標であることに変わりなく、グーグル・アマゾンなども巨大な「流通」であることも思えば「流通」がマーケティングを支配する状況が続き過ぎていて、本来主役であるはずの「消費者」や「商品の作り手」が疎外されている気もします。

 

吉地:シンガポールを中心とした東南アジアと、日本の状況は全く異なっています。例えば、フェイスブックの普及率が全然違います。インターネットが20%、30%しか普及していない国でも、スマホは90%普及していたり様々です。

シンガポールに関して言えば、テレビ広告の市場規模はデジタル化が進んだ今日もほとんど変化がありません。一方で、デジタル広告の比率は伸びていて、その分だけ広告市場の規模が大きくなっています。新聞とラジオも依然として規模は大きく、日本のように急速に変化しているわけではありません。

 

乾:シンガポールからの訪日客数は2017年に40万人を超えました。行先としては東京と大阪がメインで、北海道も大変人気があり、最近は九州、東北、中部も認知を高めています。シンガポールで認知を高めるには、インフルエンサーの活用も非常に効果的で、フォロワー数やブログの購読者数によっては一つのメディアと同じくらい大きな影響力を持っています。

 

緒方:シンガポールと日本を比較すると、マスメディア4媒体が国営の2社によって独占されているという大きな違いがあります。そして、広告費で一番大きいのは新聞で、テレビ、インターネットが続くというところは他の国と全く違う状況ですね。また、リテールの力が非常に強いですから、テレビ、リテール、Eコマースを組み合わせた販売戦略を立てないと、この国では商品の浸透が難しいと強く感じています。

 

吉地:デジタルありきというわけではなくて、モノやサービスによってはテレビやラジオのコマーシャル、バス停の広告やバスのラッピング広告、エレベーターの広告などの方が圧倒的に効くので、ターゲットに合わせたメディアミックスが必要な時代になってきています。ポートフォリオをどう組み立てていくかというのがより大事で、シンガポールはそれが顕著な国の一つなのではないかと思います。

 

日本とは異なる
東南アジアの家計の考え方

AsiaX:皆さんは東南アジア全域でお仕事をされています。新興国の状況はいかがでしょうか。

 

吉地:そもそも日本人はテレビをみんなが見ているという前提で議論をスタートしてしまいがちですが、例えばミャンマーやベトナムでは、家にテレビがなかったり、見る時間がなかったりして、あまり見られていませんでした。ところが、スマートフォンの普及によって、オンデマンドやフェイスブックのライブで、テレビコンテンツを含めて見る機会がどんどん増えています。

現在は、ミャンマーですら4G回線でオンデマンドを見ることができます。3年前はローカル放送ではニュース番組くらいしか流れていなかったが、衛星放送の普及、歌番組や音楽番組がオンデマンドで流れるようになってきて、急にローカルタレント、スターが誕生しています。テレビが元来持っていたスターを作る力というのは、むしろ強くなっていて、そうした逆転現象が新興国で見られます。そうした中で、いかに優良なコンテンツを適した配信方法で出すかということに議論が変わってきていますね。

 

有森:例えばベトナムなどでも貧しい家庭の子供たちでもスマホを持てるようになってきています。既に一人ワンスクリーンの時代で、そうした中で昔の日本の歌番組、音楽番組のようなものも流れています。今後はバラエティー番組がどっと来ると感じますね。

 

吉地:隙間時間に見る需要が急速に増えましたので、1時間番組ではないかもしれませんけど例えば20分番組や、ワンバイトで見られるコンテンツの時代になると思います。その中で、日本のコンテンツ、フォーマットを輸出するビジネスにもう一度チャンスが来ると思います。

 

AsiaX:若い層のメディア接触の状況は分かりますが、新興国では購買力がまだついていっていないのではないでしょうか。この層が中心になるのでしょうか。また、シンガポールはそれとは状況が違うと思いますが、いかがですか。

 

吉地:個人所得という観点では非常に少ないですが、家計の考え方が日本とは違います。世帯所得という考え方が強く、加えて家族の単位も大きい。そもそも所得の高い高学歴夫婦は共働きで核家族化していますが、中間層は今でも6~8人で住んでいて、おじいちゃん、おばあちゃんが孫の面倒を見ている。それで、夫婦共働きできるというのが中間層の姿で、家で必要なテレビや冷蔵庫、洗濯機、カメラなどを買うときには、同居の6人、8人のお財布で買いますね。加えて、給与と物価の上昇率が高いので、分割払いを使うことのハードルが低く、12回払い、24回払い、36回払いで、月賦が払える金額ならば価格の安い今のうちに購入しておこうという傾向がありますね。

 

緒方:当社はテレビ通販の会社ということもあり、ターゲットは40代以上の女性です。ネット通販の中心ユーザーである若年層は収入も低く、よって購買単価も低いのでターゲットから外しています。当社は毎週日本のテレビ通販の週間売れ筋ランキングを見ています。日本で売れている商品といえば、お一人様用のマルチクッカーであったり、鍋、小さなクーラーだったりしますが、シンガポールでは思ったほど核家族化が進んでいません。しかもシンガポールは一人暮らしの生活コストが恐ろしく高いものですから、一人用のニーズがほとんどないわけです。ですから日本で売れているものがそのままシンガポールに入るかというとそうではなく、世帯が大家族で働き手も多く、世帯収入や可処分所得も高く、お手伝いさんもいる家庭も多いので必然的に容量も大きくなり、当然商品単価も高いものが売れるわけです。現地の生活習慣を理解したうえで日本とはまったく違った形でマーケティングする必要を痛感しています。

 

乾:シンガポール人の日本文化への親和性は、特に若い世代で薄らいできていると感じています。韓国の映画スターやアイドルがとても人気があり、コリアンカルチャーの影響を受けた学生が非常に多いと感じています。加えて、シンガポール人は英語のバリアが無い分、欧米の情報をうまく取り入れています。

また、カルチャー面でも、シンガポールは独特なバックグラウンドを持っています。日々現場でデザイン物を制作する中で、美的感覚などは日本や中国のような北アジア系というよりは、ヨーロッパのような洗練されたものが好まれていると感じています。若い女性のファッションも、かわいい系より、体にフィットしたセクシー系を好む方が多い。同じアジア人でも日本との違いを理解することが重要です。

 

吉地:そもそもシンガポール人とは誰を指しているのかということもありますよね。日本人は概ね似た顔立ちをしているし、ほぼ同じ教育を受けて、可処分所得も非常に似ている。しかし、シンガポールでは中華系の人が7割くらいいて、インドの人、マレーの人がいてという構成になっていて、それぞれ売れる商品が違います。コスメティックのようなものは非常に顕著に表れますが、中華系とインド系では全く違いますね。

 

緒方:当社はもともとイギリスの会社でしたが、以前はイギリスで流していたテレビ通販番組を言葉だけ吹き替えて放送していました。番組の中で英国人のタレントがマルチクッカーを使ってローストチキンやチーズフォンデュなど欧米の料理を作っていましたが、中華系やマレー系の多いシンガポール人たちはそういう料理を作らないし、七面鳥が焼けた姿を見ても全然響かなかったわけです。ですが、番組を変えて中華系やマレー系のタレントがチキンカレーなどローカルフードを作るところを見せたところ、売上が3倍になり、コンテンツのローカライズの効果に驚きました。

しかし、最もうまくローカルに順応しているのが韓国系企業でしょうね。SAMSUNGなんかは、特に新興国において現地に派遣した社員にまず最初の一年間は生活をしながらその国の文化、生活様式をしっかり学ばせたうえで、基本その国のエキスパートとして育成していきますよね。日本企業には土着してマーケティングしていくという意識が足りない気がします。

 

有森:東南アジアビジネスでは地元政財界との付き合いも複雑で大変ですし、そういうことも含めてしっかりと仕事をしていこうとすると、シンガポールの次はニューヨーク、その後はパリみたいな短期赴任型だと仕事にならないような気もします。

シンガポールで
テストマーケティング

AsiaX:シンガポールは国土も小さく、人口も多くはありません。その視点からはいかがですか。

 

有森:市場規模の問題もありますが、特異なマーケットの割にはシンガポール専用の商品はないような気がします。都市機能がコンパクトにまとまっていて商品情報を含め色々な情報が簡単に取れるし、ある意味ではマスメディアによる広告が必要ない社会のようにも感じますね。

 

乾:消費財のブランディングを担当しているなかで、購入の動機を調査したことがあります。その結果は、口コミが突出して多かった。日本人は、口コミというと友達や同僚など、横のつながりをイメージしますが、シンガポールの場合、家族だったり、国土が狭いため親戚が近くに住んでおり、頻繁に集まって、コミュニケーションをとっています。口コミが非常に強い購買の動機になりうるということがありますね。

 

吉地:シンガポールは日本的な広告がすごくしにくいと言えます。例えば、テレビコマーシャルを考えると、ここには最大でも560万人しかいない。しかも人種が違う。消費財でなければ一人で複数買わないわけですから、どれだけ売れるか決まってきます。人口規模として1都道府県レベルの規模になりますが、これまでは、観光客が様々なものを購入していくことで多くの売り上げがありました。ただ、周辺国が発展するにつれて、高級ブランドストアは各国主要都市に進出し始め、わざわざオーチャードに来て買わなければならないものは減ってきているので、観光客への期待が弱まってきている。シンガポールの内需をベースに広告を作ると考えた場合、最大でも560万人市場であるということが表面化してきています。シンガポールでのマーケティングを難しくしている背景に、こうしたシンガポールが直面している現象があると思います。

 

乾:当社でも、シンガポール単独マーケット向けのテレビ広告の開発もしています。シンガポール政府が大きな予算を持っていて、頻繁に広告キャンペーンをしているという部分は変わりませんが、テレビ広告を活用するブランドはどんどん少なくなってきているのが現状です。

 

緒方:シンガポールは、タイやインドネシアに比べて規制も緩いですし、港湾施設も整って物流もしっかりしている。しかも、国は狭く、人種は多様で、600万人近い国民に加え、主に近隣の東南アジア諸国から年間1,700万人も来ている。ですから、今後東南アジア各国でものを売る前に、この国の様々な人たちのなかでどの人種の方にどんな商品が受け入れられるのか、小さな投資でテストマーケティングできる場所だと捉えるといいと思います。

 

地方の自治体・メーカーの
東南アジア進出、課題は?

AsiaX:いま、日本の地方の自治体、メーカーはどうにか海外に出ようと取り組んでいます。その方法が正しいか否かは結果が全てでしょうが、感じているところをお聞かせください。

 

吉地:地方企業、地方自治体ともにマーケティングを上手にできていないと感じます。ターゲットがいて、どういうものが欲しい、どういうサービスなら喜びそうか、だからこういうものを作って提供しますという基本的なところをすっ飛ばして、いま自分たちの商品、サービスはこれですが売れるところありませんか、というアプローチです。しかも、世の中に出すときに、その商品がどういうバリューがあるかを説明できないような状態で、イベントに出展したりしている。これでは、よほど運が良くない限り難しいでしょう。

地方から東京や大阪のような大都市圏に出るにもやることは同じですので、こうした問題はそのプロセスを経験していない地方企業の課題ですね。

 

 

緒方:例えば伝統工芸品などを販売する場合に、シンガポールで売り子さんの人件費を安く抑えようとしたりすると、ミャンマー人とかフィリピン人になるわけです。彼らが和服を着て売ったりすると、ある意味で日本のモノがすべてフェイクに見えてしまいます。日本人で英語で接客ができる売り子さんをきちんと確保できるか否かは非常に重要ですね。加えてシンガポールドルの為替リスクを背負えるかどうかというところもあります。慣れていないところでしょうが、グローバル企業では当たり前の海外で商品を売っていくための基本的な要件に対応できていないケースが非常に多いと感じます。自社にリソースや経験がないのに関わらず、早急に海外進出をしなければならない、と後ろから押されているという場合の難しさですね。

 

有森:日本の場合、行政の持つ予算はとても大きく、ある部局と特定のエージェンシーとの関係が濃密すぎる構造的な問題もあるような気がします。また、プロジェクトの実効性よりも予算としてお金を付けて消化すれば良いと言う発想があるようで気になります。

 

緒方:海外で成功するためには、一つには現地に精通した良いパートナーを見つけること。あとはチーム構成を日本人だけとか、ローカルの人だけというのではなくて、混合チームで行っていくことが大事だと思います。当社はちなみにシンガポール、インドネシア、マレーシア、フィリピン、中国、日本からのメンバーでやっています。マーケティングの精度はかなり高いと思います。

 

吉地:いま、日本では都市一極集中型でノウハウ、仕組みが出来上がっていますが、これからは地方に分散していって、やるべきことをやれる人や会社の数を増やしていくことが大事だと思います。最近では、県知事や市長に実業から来られている方も多く、成果を出されているので、それと同じ流れが産業界にも必要なのだと思います。

 

AsiaX:目標を明確にして、経験不足を上手く補うことが大事になりますね。本日はありがとうございました。