AsiaX

増加する訪星外国人と転換期の観光・ホテル産業

増加の一途をたどるシンガポールを訪問する外国人数―。政府はインバウンド政策を積極的に推し進め、いまやシンボルと言えるほど有名になったマリーナ・ベイ・サンズをはじめ数々の観光名所づくりに成功してきた。また、チャンギ国際空港に第4ターミナルが完成し、さらに第5ターミナルの計画を発表するなど、東南アジアのハブとしてインフラ投資を続けている。一方、国内企業に対しては、労働力不足への対応や利便性向上に向けオートメーション化の取り組みを促すなど、次代に向けての環境整備を着々と進めている。今回は、ホテル・観光産業で勤務する4人に、事業環境の現状やビジネス拡大に向けての今後の課題について伺いました。

 

ミレニアムホテルズ&リゾーツ
アジアエリア統括営業部長
Millennium Hotels & Resorts Corporate Office, Director of Sales
佐藤 雪絵さん

豪州にてホスピタリティマネージメントを専攻、卒業後現地ホテルに勤務。その後インターコンチネンタル東京ベイ、リージェント台北で勤務し、2006年シンガポールに赴任。パンパシフィックシンガポール、マンダリンオーチャードを経て2015年から現職。シンガポール国内に6つのホテルを持つ財閥系企業ホンリョングループのミレニアムホテルズ&リゾーツシンガポールコーポレートオフィスで東南アジア12ホテルの統括営業を担当。

 

IMPERIAL HOTEL ASIA PTE. LTD.
Director of sales & Marketing
島田 浩司さん

大学卒業後2005年に帝国ホテル入社。現場研修を経て、人事部、マーケティング部門に勤務。2014年に米国カリフォルニア大学サンディエゴ校に社内海外留学制度で留学後2015年より営業部勤務。2018年3月よりシンガポール営業所に赴任。東南アジア、中東マーケットからの宿泊客増加を図るため、富裕層へのアプローチをはじめ、法人向けのセールス活動や、現地旅行代理店を通じてMICE需要獲得を目指したセールス活動を行っている。

 

Wildlife Reserves Singapore
国際営業部
シニアマーケットマネージャー(日本マーケット担当)
野口 さや香さん

シンガポール在住歴16年。日本語教師、インバウンド旅行会社勤務、ホテルの法人営業を経て現職。シンガポール動物園、ナイトサファリ、リバー・サファリ、ジュロン・バードパークの4つのパーク全般で日本マーケットの対旅行代理店向け営業を担当。入社前にも動物園の年間パスを保有するほど元々動物/動物園が大好きだったこともあり、シンガポールのみならず東南アジア全般に渡る生物多様性の保護に力を入れている現在の会社に非常に誇りを持ち、日々の業務に取り組んでいる。

 

折山 愛香さん

旅行客、ビジネス問わず日本人ゲストを主にお迎えを担当。
昭和女子大学人間文化学部英語コミュニケーション学科を2011年に卒業後、現在勤務するホテルのグループホテルに新卒で入社。料飲部、宿泊部を経て、2020年のオリンピックに伴うさらなる国際化に合わせて日本ならではのホスピタリティと海外のホスピタリティを学ぶべく2017年10月に渡星。ホテルにて、快適に安心してお過ごしいただくために奮闘中。

急速な変化を続けるシンガポール

AsiaX:現在、シンガポールへの観光客は右肩上がりで推移しています。世界で行きたい都市ランキング100の中でも4位に選ばれました。日本からの観光客について、これまでのところどのような手応えを感じ、印象を持たれていますか。

 

折山:年末年始は特に日本からのお客様が非常に増えました。日本の友人からは、最近テレビではシンガポールを特集する番組が頻繁に放送されていると聞いています。ところが、実際にシンガポールのホテルでお客様と接していると、シンガポールに対してまだ馴染みが少ないように感じます。ホーカーのような東南アジアのローカルな面から都会のエンターテインメントまで揃っていて、安全面においても日本に劣らないということをもっと打ち出して欲しいなと思います。

 

野口:シンガポールは小さい国なので、観光地目線で言えば3泊で十分です。なかなか再訪したいと思われないかもしれませんが、シンガポールは変化が非常に早いので、1年経つと全く違う雰囲気になりますね。
当社のパークも常に期間限定の展示を行っており、何度お越しいただいても楽しめるよう工夫が凝らされています。また今年7月からは全く新しい夜のプログラムも始まりますので、乞うご期待です。
この国の特徴である移り変わりの激しさをもっと広く認識していただけたらと思いますね。

 

 

AsiaX:シンガポールはインバウンド政策に力を入れています。ナイト・サファリ、マリーナ・ベイ・サンズ等、政府主導で作り上げてきた大型テーマパークのほか、チャイナ・タウン、リトル・インディア等、各民族の伝統や文化を残す地域、そして大型商業施設等が立ち並ぶオーチャード・ロード等が軸になっています。そうした中での取り組みをご紹介いただけますか。

 

佐藤:当社の2018年の取り組みとしては様々ありますが、特に芸術面に着目しています。政府と共に新進気鋭のアーティストの絵画を展示して、ワークショップを企画するなどして当ホテルの会員様に楽しんでいただいています。今後は日本とシンガポールの芸術文化のコラボレーション企画なども提案していきたいと思っています。また、今年度末に復活するシンガポールセレター空港の定期旅客便による集客の増加にも注目しています。

 

野口:正確には政府主導ということではありませんが、当社には4つのパークがあり、現在マンダイプロジェクトという計画が進んでいます。シンガポール動物園、リバー・サファリ、ナイト・サファリが北部のマンダイエリアにあり、ジュロン・バードパークだけが離れているのですが、ここを2020年にマンダイに移設し、4つのパークを集結させます。新しくインドアアトラクションとレインフォレストパーク、さらに2023年にはホテルもオープンする予定です。

 

AsiaX:国内最大のイベントF1グランプリ開催契約更新が決まり、2018年から2021年まで4年間延長されることになりました。マリーナ・ベイの美しい夜景をバックに行われるナイトレースは、シンガポールで最もスリリングなイベントとなっています。佐藤さんはご経験がありますね。どう見ていますか?

 

佐藤:ホテルで働いている3人の中で、F1を経験しているのは私だけですね(笑)。2008年の初開催の時期、私は前職のパンパシフィックシンガポールで勤務していました。F1の良い面は、シンガポール全体の観光が盛り上がっていくことです。F1を観戦できるレストランなどは入場料が10万円、パーティー参加費は20万円といった価格がつくので、売り上げは急上昇します。一方、1週間ほど前から交通規制が敷かれますので、その期間は売り上げが非常に少なくなります。規制エリア内に立地するレストランも集客ができなくなるので、アンテナショップを出したり、MRTを利用して足を運べる場所でF1プレイベントのようなことを開いたりしています。
マイナス要素をプラス面で埋めているので、全体としては一気に利益が上がる印象はないですね。ただ、政府のコントロールは事前にF1エリアへの交通規制の為の車両通行証を発行するなど、年々改善していると思います。

ホテルを使いこなす欧米人

AsiaX:今年はシンガポールが東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の議長国を務めることもあり、ビジネス関連も多忙な1年になると言われています。日本と異なる点、そして日本人と外国人のホテルの楽しみ方、あるいは活用の仕方には違いがありますか。

 

島田:私は来星してまだ3週間ですが、日本での営業活動ではまずお会いできないような、東南アジアの財閥トップや企業トップと直接お会いする機会が頻繁にあります。そのような場合、エージェントを通さず秘書から直接連絡がありますね。この国ならではと感じています。

 

佐藤:以前は日本人や中国人は大型ツアーに参加するケースが多かったのですが、ここ数年、個人旅行にシフトしていると感じています。一方、欧米系は家族と一緒に1週間以上ゆっくりと過ごされることが多いですね。日本とは休暇取得環境が違いますが、長期で楽しんでいます。また、70代、80代でも一人旅を楽しむ人がいます。例えば、透析レベルの持病を抱えていても事前にそれを伝えて、1ヵ月、2ヵ月旅行を楽しむ人もいます。日本人にはないスタイルですね。ただ、日本人にも、退職後にミニ留学してマレーシアやフィリピンに滞在する人が増えていますし、今後はさらに海外渡航が盛んになっていくと思います。

 

折山:当社は、コーポレートを組む日系商社などのお客様が中心で、1泊だけのご利用も非常に多いです。早朝の到着後、仮眠をとるためだけの宿泊も普通です。また、ツアー客は、旅行会社を通してのご利用が多く、滞在中はオプショナルツアーに沿って動かれるため、ホテルを楽しむのは二の次という感じがします。
サービス対応に関していえば、日本人は「察して欲しい」という文化で、「こうして欲しい」という気持ちを途中までしか伝えない傾向があるかと思います。解決策を案内しても、後に「もっとこうして欲しかった」という趣旨のアンケート回答が寄せられたりしますので、こちらから深くコミュニケーションをとることを心掛けています。外国人のお客様は、具体的にこうして欲しいと明確に説明いただけますね。

 

ホテルにもオートメーション化の波

AsiaX:リー・シェンロン首相が、ナショナル・デーのスピーチの中で、国を快適にするための計画のひとつとしてオートメーション化を挙げていました。ホテルサービス分野でも導入が進んでいますか?

 

佐藤:オートメーション化は既に始めており、セルフチェックイン機、サービスロボット、客室のイントラネットTVサービス、プールサイドからスクリーンを使って食事のオーダーができるシステム等、社内ではデータベース、セキュリティ、省エネ、仕入れ管理等で導入しています。また、今後We Chat PayとAli Payを当社シンガポールグループホテルで導入していきます。ひとつ懸念されているのは、世間でも危惧されている「人の仕事がなくなってしまうのではないか」という問題ですが、これから取り入れていくのは基本作業的な内容にとどめ、削減された時間を有効活用し、生身の人間は伝統を大事にしながら、おもてなしやホスピタリティを提供しつつ、サービスの質を上げていきたいと考えています。一方、「これは取り入れてみたい!」と思っているのは、日本のホテルで見た両替機です。

 

島田:当社では、日本で両替機を5年ほど前から導入しています。訪日外国人数の増加とともに、国籍の多様化が急速に進むなかで、両替を求められる貨幣の種類も増えましたし、(両替機は)数え間違いの心配もありません。

 

佐藤:偽札の判断という観点からも安心ですね。

 

折山:当社は、ややアナログですね。記帳は手書きですし、両替はフロントで行なっています。某ホテルではペーパーレスのサービスを積極的に行っています。部屋が早く欲しいというお客様には、用意ができた段階ですぐにメールがいくそうです。

 

佐藤:当社では、2016年にエムソーシャルホテルが東南アジアで初めてデリバリーロボットAURA (Autonomous Room Service Associate)を導入しました。米国シリコンバレーに本社を置くサイボーグ社製ロボットです。現在は当社の5ホテル全てで導入しています。客室にタオルやお水などを届ける際、ハウスキーピングに電話をいただいてから通常は15分ほどかかりますが、ロボットなら5分でお届けできますし、人件費の削減にもなります。約600の客室があるホテルもあり、ハウスキーピングの雇用はホテル業界の課題でもあります。
また、2017年には、卵焼きを作るロボットAUSCA (Autonomous Service Chef Associate)が朝食会場に登場しました。

 

野口:卵焼きのロボットは、人型ですか?

 

佐藤:いえ、四角いです(笑)メイド・イン・シンガポールです。野菜を混ぜた卵も焼けたりします。お子様にも大変好評です。

 

AsiaX:お子様の話が出ましたが、シンガポールのホテルのファミリー向けサービスはいかがでしょうか?

 

島田:先日、リニューアルをしたシャングリラホテルに行く機会があったのですが、ファイブスターホテルの伝統を守りながらも、キッズフレンドリーなサービスを柔軟に取り入れていることに驚きました。巨大なキッズプレイスペース、子供のための調理体験教室、お絵描き教室までありました。家族連れ専用の特別階には、おむつや離乳食なども用意されていて、安心してホテルに遊びに行くことができるとても素晴らしいサービスでした。

 

佐藤:当社ホテルにもナニールームがあり、保育士を雇っています。子供をホテルに預けてから会議に出る、という人もいます。インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナムなどアジアからのビジネスマンはシンガポールでの会議やコンベンションに参加する際、家族連れの場合が少なくなくありません。ここは、日本人とは違いますね。その場合には、奥様パッケージをご用意して、お子様のケアをさせていただくこともあります。

ハラル対応など多民族国家ならではの柔軟なサービスはシンガポールの強み

AsiaX:シンガポールはアジアのハブと呼ばれるだけに国際的な対応を求められるかと思いますが、どういった受け入れをされていますか?

 

 

島田:以前、国際営業課に在籍していて、海外に出張する機会が多かったのですが、中東ではヨーロッパに行き尽くした人たちや超富裕層の中で、アジアに興味がある人が非常に多いと感じました。その中で当然日本も候補に挙がりますが、ハラル対応がまだ十分ではない点や、英語が通じないという先入観も大きく不安を感じさせており、結果としてはシンガポールやマレーシア、タイ、インドネシアなど宗教や食事で比較的共通点のある国が選ばれていました。ハラルなどの食事対応や、英語力などの言語対応は非常に大切な要素であると改めて感じました。

 

佐藤:日本のホテルでもハラル対応はもちろん、ヒンドゥー教のベジタリアン、ユダヤ教のコシェル(カシェル)への対応も必要になってくるでしょう。これは、いまホテル業界で取りざたされていることではありますね。
あるシンガポールのホテルで働いていたときに、ボリウッド映画を3ヵ月間かけてホテル内で撮影することになり、出演者から技術者、専属料理人、メイクまで、クルー100人以上が長期で宿泊したことがありました。この時は、キッチンも24時間体制で専属料理人をサポートし、食事の対応をしました。これが日本だとライセンス制限があって難しいと思いますが、シンガポールにはしっかりとした受け入れ態勢がありましたね。

 

野口:確かに、私のシンガポールの友人も日本で旅行を楽しみたいけれどハラルを探すのが大変だから、行きたい場所が制限されると話していました。

 

佐藤:ラマダン中にムスリムの人が日本の旅館に泊まった場合、お日様が出ている間は食事ができないので朝食を7時や8時に用意されても食べることができませんよね。シンガポールのホテルの場合には、日が沈んだ夜に召し上がっていただくハラル弁当が用意されたりします。今後は、日本のホテルでもこういったサービスが大切になってくるのではないでしょうか。

 

島田:シンガポールをはじめ東南アジアには日本ファンが多いので、日本のホテルを紹介することに関しては、ポテンシャルが非常に高いです。日本は今、2020年に向けて盛り上がってきて、高級外資系ホテルも数多く上陸し、非常に競争が激しくなってきています。帝国ホテルはもともと半官半民の迎賓館として開業した歴史がありますので、日本を代表して外国人に日本人の丁寧なホスピタリティを見せる、ある種使命のようなものを感じています。外資系のラグジュアリーチェーンホテルと競争していくためにも、海外で知名度を上げる必要は痛感しており、メイドインジャパンの帝国ホテルのサービスを地道に外国人に伝え、ホテルはもちろん日本のサービス力、ホスピタリティ精神を伝えていくことが、シンガポール営業所での私の使命かなと、思っております。

 

AsiaX:多様な背景を持つ利用者への柔軟な対応が、勝負の分かれ目になりますね。本日はどうもありがとうございました。