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ドンキが“ディスラプト”するシンガポールの食品スーパー事情

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ドン・キホーテ1号店がオープン、店名はドンドンドンキ(2017年12月4日)
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2018年6月期の決算で29期連続の営業増益が見込まれている「勝ち組小売企業」のドン・キホーテが昨年12月にシンガポールに進出してから2ヵ月あまりが経過した。昨年10月の当欄「ドン・キホーテが変革するシンガポールの小売業界」では、「日常使いの店」や「安定した調達・物流網」を構築できるか否かが多店舗展開を成功させる上でカギと述べたが、実際はどうなのか。本稿では、ドンキの進出によって少なからず事業の軌道修正を強いられるとみるシンガポールの明治屋と伊勢丹(スコッツ店)も交えた3社の品揃えや価格の特徴を比較した上で、ドンキの更なる飛躍に向けた課題を考察していきたい。

 

「使える食品スーパー」を前面に出店
在星日本人の購買行動に多大な影響

シンガポールには既に「ドン・キホーテ」なる飲食店が存在することから、「ドンドンドンキ(以下、ドンキ)」の屋号でオーチャード・セントラルに東南アジア1号店を開店したドン・キホーテ。日本では日用品や雑貨に加えて加工食品を格安で販売している印象が強いが、現地消費者に日本の食材をもっと身近に楽しんでもらいたいという創業者の思いもあり、当地では青果や鮮魚、精肉といった生鮮食品も幅広くリーズナブルに取り扱う食品スーパーの色合いが濃い。地下2階の悪立地にも関わらず駅近が幸いしてか、食品フロアは平日でも客足が絶えず、これまでは明治屋や伊勢丹などで生鮮食品を含めた日本産の食材を買い求めていた在星日本人の多数もドンキにシフトしているであろう現状は、想像に難くない。

 

またドン・キホーテは、日本でインバウンド(訪日外国人)に対する取り組みも本格的に進めていたこともあり、増加傾向にある訪日シンガポール人の間でも定番の買物スポットになっている。そのためドンキの知名度は当地でも高く、昼食の時間帯には弁当や総菜を、そして夕方にはお菓子や焼き芋などを、行列を成してでも買い求める地元の老若男女で店内は賑わいを見せている。

 

ドンキの人気は、日本から派遣された日本人社員の予想をも上回っていたようで、連日レジには長蛇の列ができていた。そこで1月後半には2日間も店舗を閉鎖した上で店内レイアウトの変更を敢行。レジを増設し、同時に不慣れな操作で時間を要するセルフレジや店員による袋詰め作業を廃止することでレジの待ち時間の削減に取り組んでいる。他にもこの店舗閉鎖の期間には、アイスや飲料のショーケースを「ついで買い」が期待できるレジ前へ移設し、また需要が少ないと判断されたであろうお土産売場は縮小し、そして文房具売場は隣接する東急ハンズを訪れた客にも訴求しやすい視認性の高いエリアに移設するなど、購買体験の改善には余念がない姿勢が伺える。

 

ドンキの青果は大多数が日本産
人気商品は圧倒的な品揃えで差別化

日本産の食材で調理をしたい消費者にとって、鮮度や安全性がものを言う生鮮食品(青果、鮮魚、精肉)の品揃えは、買い物をする店を決定する際に重要な要素となる。そこで図1に青果(野菜・果物)を例にして明治屋、伊勢丹、そしてドンキの品揃えを比較した。興味深いことに、日本産に限ってみると、伊勢丹とドンキの品揃えはほぼ互角であり、ドンキは同じオーチャード通りに位置する伊勢丹の品揃えをベンチマークにしている可能性を示している。またドンキは野菜の80%以上、果物においては100%が日本産であることからも純粋な「日本のスーパー」と呼べるが、青果の半数以上を日本産以外が占めている「日系スーパー」の明治屋と伊勢丹は、開店からそれぞれ10年、20年以上の時を経て日本人以外の消費者からも支持されているであろうことが読み取れる。

 

 

図2に生鮮食品以外の一部カテゴリの品揃えを比較した。納豆を筆頭に、カップ麺、牛乳・加工乳、たまごといった日々の利用が想定される基本食材においては明治屋の品揃えの強さが目立っている。一方で、ドンキが日本産のウイスキーを40アイテムも取り揃えている点は特筆すべきであり、シンガポールで人気が高い商材に関しては群を抜く品揃えで消費者に訴求を試みている例と言えよう。

ドンキの加工食品は言葉通り「驚安」
日本で買うより安い「フルグラ」

さて「日本の高品質な商品をシンガポール国内のどこよりも安く販売することをお約束いたします」との価格政策を掲げているドンキであるが、実際の商品価格を見ていきたい。

 

図3に日本産の食材でカレーを調理する際の買い物を各店舗で行った場合の総額を比較した。ドンキが52.1Sドルで最安となり、伊勢丹に比べると17Sドルも安くなっているが、明治屋とはほぼ同等の価格帯となっている。各食材の価格も、ドンキは伊勢丹に比べると総じて低価格で販売しているが、明治屋との間では、精肉と野菜において価格優位性は品目でばらつきがある(同じ日本産の品目の中でも、産地や銘柄によって品質は異なるとみるが、ここでは価格を比較する上でその差異は考慮しないものとする)。

 

 

しかし図4から明らかな通り、生鮮食品以外のカテゴリにおける商品の価格を比較すると、ドンキは他店舗の最高値に比べて平均40%も安く設定していることが分かる。また、カルビーの「フルグラ(800g)」は、当地でも人気の高まりを背景に大量陳列の上で販売されているが、衝撃的なのは9.8Sドル(約813円)という価格設定。日本ではドン・キホーテが最大の販売数量を誇るとも言われるその調達力を生かして、日本の一部小売店舗での価格をも下回る値付けには正に「驚き」を隠せない。

 

一方で、3店舗の間で価格差がほとんど無いカテゴリも存在する。例えばカレールウがその一例であり、3店舗で販売されている5つの同一商品の価格差は平均で0.6Sドルにとどまっている。この例においてはドンキの価格設定が高いのではなく、他の2店舗が価格を下げて消費者に購入を促した上で、カレーに入れる他の食材を同じ店舗で購入してもらうことで利幅を上げる算段ではないかと推考できる。

 

「五感を刺激する顧客体験」が真骨頂
既存スーパーはいかに対応していくのか

店舗の内外に漂う焼き芋の香ばしい匂いやイチゴの甘い香り、大量陳列された商品とその低価格を訴求する手書きのPOP。そして店舗を離れた後も頭の中で繰り返される「ドンドンドンキ」の店内BGM。価格優位性もさることながら、この「五感を刺激する顧客体験」こそがドンキの真骨頂であり、日本にいる感覚で買い物ができる在星日本人や、日本に旅行した気分で買い物が楽しめる現地人からの支持は今後も一層拡大していくとみる。ただしドンキにも課題が無いわけではない。最後に、目下散見される改善の余地を3点ほど述べて、本稿を締めくくりたい。

 

1点目は調達プロセスの改善による店頭欠品の防止。特売の目玉となるフルグラや青果売場に欠かせないイチゴなどは、輸入業者を通さずにドンキ自らが日本のメーカーや生産者と直取引の上で在庫管理がなされているであろうことから店頭在庫が切れることは通常はないが、例えば納豆やアイスの一部商品など、ディストリビューター(輸入卸業者)を介して入荷する商品では、欠品のために陳列棚が歯抜け状態になっていることがある。

 

2点目は現地消費者への啓蒙を通じた生鮮食品の販売拡大。在星日本人の買物かごの約半分は生鮮食品が占めているとみる一方で、市場の大部分を占める現地消費者の間ではお菓子などの加工食品やパック寿司などの即食商品の購入が圧倒的とみる。共働きが当たり前のシンガポールでは時短ニーズの潜在需要は高く、生鮮食品をカット野菜や半調理食品、ミールキットなどの簡便商品の形で展開していくことで商機を広げることは可能であると考える。

 

3点目は非食品カテゴリの見直しによる販売強化。活況を呈する食品フロアとは裏腹に、非食品が中心のフロアが特に平日は閑散としているのは否めない。低価格の食品をテコに集客を図り、粗利率が高い非食品の販売で利益を稼ぐ点がドンキのビジネスモデルの真髄とみるが、現状ではそれが成立しているとは言い難い。

 

今年の6月にはタンジョン・パガーの100 AMモールに2号店が開店し、その後も多店舗展開を視野にディベロッパーからのオファーが引く手あまたと推測されるドンキ。顕在化しつつある課題に対処しながらどこまで市場を拡大していくのか、また明治屋と伊勢丹をはじめとして、日本産の食材を販売する既存の食品スーパーは“ディスラプター(創造的破壊者)”の出現にいかに対応していくのか、各社の動向から今後も目が離せない。