AsiaX

日本の良品を世界へ、インバウンドとアウトバウンドの視点から

世界的にその存在を確立してきた和食、年々増え続ける訪日外国人旅行者(*)。クールジャパン機構や日本政府観光局のイニシアチィブのもと、日本を海外に知らしめるという意味では一定の功を奏しているといえる。一方で、中小企業の食材の生産者や商社、地方自治体など、実際に海外とのビジネスの具現化をすすめる現場の実情はいかに。最新事情を伺った。

(*)訪日外国人旅行者数:2015年に年間1,974万人を記録して45年ぶりに出国日本人旅行者数を上回り、2017年は2,869万人。観光庁では2020年までにその目標数を4,000万人と設定している。

 

福岡銀行シンガポール駐在員事務所
所長
田中 慶介さん

 

大学卒業後、株式会社福岡銀行に入行。中小企業から大企業向け融資業務を担当し本部のソリューション営業部へ配属。主に国際部門(現グローバルソリューション部)で、取引先の海外進出に関するサポートやそれに関連する銀行業務を経て、シンガポールへ赴任。福岡銀行は海外8拠点に駐在員事務所を置き取引先の海外進出のサポートを行っている。

 

 

株式会社ゴールドボンド 代表取締役社長
株式会社CDG 取締役
寺澤 正文さん

 

アパレル企業を経て、食品業界(建築設計事務所が経営する有名洋菓子店)で商品コンセプトとデザインを学び、店舗運営のノウハウを体得。全国の百貨店との人脈を築く。2007年株式会社ゴールドボンド入社。地方の秀逸なものづくり企業が作った『良いモノなのに売れていない商品を、売れるようにブラッシュアップして本気で売っていく地域商社』を目指し、数々の実績を上げている。

 

熊本県アジア事務所
熊本県駐在員
岡田 理花さん

 

熊本県に入庁後、主に農業の振興に関わる部署に勤務。2009年4月から熊本県大阪事務所に勤務。関西における熊本県の営業本部として、「KANSAI戦略」を仕掛け、関西の特性に応じた戦略的プロモーションによるくまモンブームを作り出したメンバーの1人。2015年から当地の熊本県アジア事務所で、東南アジア地域への農林水産物・物産品の輸出促進、同地域からの観光誘客など「熊本」の海外展開を進めている。

 

YS Logistics (S) Pte Ltd
CEO
坂本 靖英さん

 

首都圏の物流倉庫現場管理、通関士として輸出入通関、国際物流営業と広範囲の物流を経験。1997年からシンガポールに赴任。東南アジア全般での経験を経て5年後にシンガポール唯一の日本人独資物流会社YS LOGISTICS (S) PLを設立。幅広い物流サービスを日系企業中心に提供し、近年ではバーベキュー宅配など物販系事業にも進出中。シンガポール和僑会理事として当地起業家との接点も多い。

官民連携での
サクセスストーリーと課題

AsiaX:まず、地方自治体としてこれまで取り組んできた成功事例を教えてください。

 

岡田:熊本県としてアウトバウンドで成果をだしているのは、百貨店などのイベントに出店販売し、それを足掛かりに、商品を改良して販売を伸ばすというものです。あるお茶屋さんはお茶がきれいな緑色になるようにしたり、玄米を混ぜたり、使いやすいように大きな袋にしたりと、徐々に当地に受け入れられる商品開発をされました。同じものが熊本県内で売れるかは別として、日本のお茶という大きなカテゴリーの中でのびのび展開されています。年に1、2回のイベントに出て満足するだけでなく、地元の人が求めているものを肌で感じて商品に生かした成果です。

 

さらに、ローカルのパートナーを見つけてシンガポールに生産拠点を作りシンガポール市場で拡販しているケースもあります。

 

田中:福岡銀行主催の商談会から過去の事例を挙げると、和牛があります。初回大きな肉のブロックを商談会に持ってきたものの、カットする技術が現地にないため販売に至らず。次回にスライスしたものを持参することでバイヤーに受け入れられました。他の例ではそうめんを売り込むも、麺類をすする文化がないためそうめん以外の使い道がなくそのままでは通用せず、別途そうめんを半分に折ったものを商品化したら前菜等に使用するために売れたケースも。

 

海外に進出する段階にもよりますが、テストマーケティングだと割り切って現地でいろんな情報収集をしてみるのも1つの方法。シンガポールはコストが高いのでテストマーケティングに見合うかどうかですが、一度で諦めず段階を踏んで進むのも必要なステップです。

 

AsiaX:地域商社として地方で商材を探す際、各地方自治体が外に出したいものと、ゴールドボンドが選ぶものの間にギャップはありますか。またどう選別していますか。

 

寺澤:もちろんギャップはあります。自治体や支援機関は成功事例を急ぐために、既に海外展開している商品などを推進したがりますが、弊社は国や地方公共団体の予算で企業や商品を支援する立場なので、既に成功しているものや資金力の高い企業の商品ではなく、今は売れていなくても私たち流通のプロが実際に見て触れて、手を加えたら売れる可能性が高くなると思われるものを選んでいます。

 

それらのギャップを埋めるためにブラッシュアップ、つまり商品の改良は必須で、その過程で、ターゲットや販売チャネルの設定、販売までの施策策定、売れるためのパッケージデザインのご提案、原価計算を含めた経営計画に至るまで深く関わっていきます。

 

 

AsiaX:実際、日本の中小企業が海外のイベントなどに出店するのは大きな決断かと。物流面でのサポートはどんなことをされているのですか。

 

坂本:アウトバウンドのお手伝いをする場合は中小企業とのお取引が中心となりますが、貿易実績が既にある企業と、貿易経験が無く英語にも不自由がある企業とではサービス内容も異なってきます。輸送や倉庫など定型のサービスだけではなく、前者では輸送の効率や安全性、またコストを抑えるアドバイスなどをさせて頂くわけですが、後者のような企業の場合は物流の領域を超えて貿易業務までアドバイスする必要があります。

 

また弊社は食品輸入、酒類販売ライセンスも取得していますので、物流、貿易のアドバイスに加えて輸入者代行も必要に応じて行います。特にこれらは海外への貿易経験が少ない企業への対応として、依頼主の成功を左右するほど大事なサービスだと自負しており、同時に物流会社だからできるビジネスなのではと思います。

 

AsiaX:日本側は各県や地域のブランドを打ち出しながら海外展開する際、実際どのように展開していますか。

 

岡田:県ブランドとして名前をつけて売り出す、または日本製のプロダクトとして売り出す、2つのパターンがあると思います。旬の時期に最高級で高いものを贈答用に、つまりブランドを売るやり方、またはそこで日本製として量をたくさん出荷して利益を出す後者のアプローチ。それぞれのメリットがあります。この区別が必要で、どちらの戦略でいくかに尽きますね。

 

関連してお米。日本国内の生産者は「特Aランク」の米をめざして生産しますが、あくまでモチモチしてやわらかい日本人好みの米であり、シンガポール人は、もっと弾力ある固めのものが好きだったりする。そのような特徴をもつ多収量の品種を育てれば、同じ面積でもっと収穫できるので、値段は抑え目でも量販で利益がでます。生産者の方がどう頑張りたいのか、我々は情報を発信しながら、一緒に考える立場だと言えます。

AsiaX:アジア展開にはプロダクトアウトではなく、まずはマーケットインの発想が必要かもしれません。

 

坂本:日本マーケットと海外マーケットが欲しいもの、あるいは生産者が出したいもの、これらはたいていシンクロしていません。ローカルの方々は日本で名の知れたものを安い値段で買いたいし売りたいと思っています。それ以上の商品は時間をかけて啓蒙していく必要があります。生産者によっては、当地の市場調査もせずに日本ですごく売れているので、シンガポールでもこの味、デザインで絶対売れますから売ってくださいという。売りたいなら当地に来て、スーパーなどに足を運んで実際何が求められているのを調査すべきですし、そのうえで、すぐ売れる商品でなければ長期的に取り組んでほしい。これは切実で、なかなかギャップが埋まってこない。そこに対して我々に何ができるか、日々考えるところです。

 

岡田:「うちは良いものをつくるんだ」、と長年決め込んでいる生産者も多い。そこを無理に変えるより、若い世代で軟らかい発想ができる層に働きかけていくことで今後変化があればいいなと思います。

 

寺澤:良いものを作れば売れるというプロダクトアウトの思考が多く、市場のニーズに合わせて商品を作るマーケットインの発想が弱い。ものを作って売るためにやるべきことは日本国内でも海外でも同じです。たとえば食品メーカーさんにありがちなのが「美味しいものを作れば商品は勝手に売れるんだ」、という発想。美味しいだけでは売れない、消費者ニーズに応えることが大切だということを本当に気づいて欲しい。

 

坂本:実際、海外で売り出そうとして酒の名前や種類をそのままローマ字で書かれる。どれを品名にすればいいかわからず仕分けもしにくい。海外向けの名前にしてラベルを張ってほしいと言っても受け入れてもらえない。売りたい気持ちがある以上、この辺りの工夫があるといい。日本酒に限らず、特に中小企業は、次世代に生き残るためにどうすればいいのか考えていく必要があると思います。海外に出るとそれをよく感じますね。

 

 

AsiaX:時代にどう順応していくか。一方で伝統を引き継ぐ人間もいないと日本の良さが消えていく不安も残ります。

 

坂本:例えば和食のように文化であれば残る。ただし、どの部分が残るかを見極めて目指していく必要がある。海外で益々日本の食文化はマーケットが広がっていくと思います。ではそこにどう乗っていくのか、特に中小企業がその点を考えてくれると、我々も支援したくなる。

 

AsiaX:海外展開の方針を決めていく上で、どんなアドバイスをされていますか。

 

田中:ターゲットを決めるための市場調査の重要性をアドバイスします。例えば、リンゴなどそのものが一般的に普及していれば次にブランドが通じる下地がある。下地がなければ、どんないい商品であってもブランド価値がその上に成り立たない。またその商品をどの層に売るのか等、自分の商品がシンガポールという市場でどう展開できるのか、ブランドとしてまだ出せないようなら、その商品をどう広げていくのか。日本では売れていても、海外で初めて見られる商品に高い値段をつけても売れるとは限りません。まずは市場があってこそですので、市場調査をしてターゲットをどうするかを決めるべきでしょう。

 

坂本:マーケットにあわせて良いものを安く大量に提供する、または少量でも高級品として高く設定するなど、当然二極化はありだと思います。マーケットをかなり的確に捉えたブランド戦略の好例がシャトレーゼ。日本では庶民的なイメージがあるが、シンガポールではギフトにも適した高級品のイメージでブランディングして成功しており素晴らしいと思う。

 

寺澤:私は洋菓子業界出身なのでこちらでも色々食べ比べましたが、まだまだ日本の洋菓子店のレベルに遠いですね。ということは、こちらでレベルの高い洋菓子を提供すれば、これから市場がどんどん広がっていくと思います。日本には多くの素晴らしい洋菓子店があるので、今後進出できるチャンスが大きい。それも市場調査の結果の一つです。

 

インバウンドとアウトバウンドの
相乗効果

AsiaX:東南アジアを含む訪日外国人旅行者数が年々増加しています(表2)。誘致の成果が伺えますが、そこから各地方へのインバウンドにどうつなげていくのか教えてください。

 

 

岡田:観光については熊本県だけでなく九州全体で呼び込むべきと考えます。各推進関連産業から人が派遣されて構成されている九州観光推進機構もあり、実際オール九州を推進しています。まずは九州を訪れて、旅行日程のどこかで熊本に滞在していただき、そこでしか味わえないものを楽しんでいただければ。

 

最近では、県内の温泉旅館が積極的にエクスペディアなどの東南アジアからの旅行者が使うオンラインサイトに登録する動きもあり、温泉地全体で宿泊先の登録を増やして海外からの認知を高めて盛り上げています。登録数が多いエリアだと旅行者も安心して選べるようで、個人旅行を好むお国柄のタイやシンガポールのお客さんが増えているとか。ニーズのある観光地と旅行に行きたいお客さんの気持ちを繋げていきたいと思いますね。

 

田中:弊行では、過去にインドネシアの旅行会社やメディア関係者を招聘し、九州内3県にわたりハラル対策をしている旅館等を視察していただきました。また、福岡・熊本・長崎では土日祝日も外貨両替ができる場所をつくりました。福岡といえば屋台ですが、カード決済できないところが多く、両替所がシンガポールほどありません。少しでも海外旅行客の方々が過ごしやすくなるようにとの取り組みです。

 

現在、ここまでインバウンドの方が増えている中、アウトバウンドとインバウンドの垣根がひくくなっていると感じます。アウトバウンドで得たアイデアや経験をインバウンドで来る方々への対応として有効活用できる時代。今後はその辺りを見据えたアドバイスができればいいなと考えています。

 

坂本:すでにインバウンド、アウトバンドを分けて考える必要はないですよね。相乗効果がでてスピードも増している。

 

岡田:確かに。前述のお茶屋さんは熊本城近くの観光複合施設「城彩苑」の店舗でお茶製品の取り扱いがありますが、海外からの旅行者を中心に人気があるようです。シンガポールでの経験が生きて国内でも販売を伸ばしている一例かと。

 

AsiaX:インバウンド、アウトバウンドは密接。相乗効果を考えることが大事な発想になりそうです。

 

坂本:外国人に日本国内で諸々味わって楽しんでもらうと帰国してからもリピーターになってくれる。そんなファンをどれだけ増やせるか、インバウンド、アウトバウンドを並行してマーケティングしていく相乗効果が思った以上にありそう。日本とシンガポール両方に接点を持ち、情報が体系的に有効に流れる仕組みがあればいい。自ら行き来したいです。

 

田中:シンガポールを含む海外において、地域や地方という縛りではなく日本全体として取り組んでいける形になればいいなと思います。各地方自治体や我々地方銀行などが協力し、もう少し日本を全体として売り出す工夫が必要かと。日本に比べて韓国等他の国は売り出し方がうまいと感じます。クールジャパンなど政府の旗振りがある中、それぞれのミッションの垣根を超えて協力できる部分を見つけていけたらと思います。

 

寺澤:地域間競争はやめましょう、と言いたいですね。日本の中だけで競争しても仕方ない時代です。特に現地を見ないで海外進出を拒否するような方々に会うと、日本は後進国だなと不安を覚えます。日本国内で競争している間に、日本の大事な商品の商標が外国に取られてしまった事例も。今後は日本の中小企業の中でも特に小規模企業が海外で自社商品を作る時代が来るでしょう。海外進出には大きな可能性があります。本当の意味でのオールジャパン日本を期待したいです。