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渋谷化の試みで露呈する オーチャード再生の憂い

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オーチャード・ロード再活性化、基本計画策定でビジネス調査を入札に(2017年12月15日)
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シンガポールを代表するショッピングエリアであるオーチャード通りが大変革の岐路に立っている。消費者の購買行動や競争環境の変化を映して相対的な地位が低下傾向にあることを背景に、都市再開発庁と政府観光局は昨年12月の共同声明において、「オーチャード再生の青写真」を策定し、今後15年から20年の間にオーチャードを再開発していく計画を表明している。本稿では、オーチャードで試験的な導入が進むスクランブル交差点や、その見本となった東京・渋谷で進行中の再開発の要点にも触れながら、オーチャードが抱える本質的な課題と真の再生に向けたヒントを考察していきたい。

 

止まらぬオーチャードの地盤沈下
背景には多様化する消費者の選択肢

オーチャード通り(以下、オーチャード)が往年の輝きを失いつつある背景には、郊外のショッピングモールやネット小売が普及したことなどにより、「シンガポールの銀座」とも称される全長2.2キロの目抜き通りに足を運んで買い物をする消費者が減少していることがまず考えられる。実際に図1に示す通り、過去4年の間に島内の小売スペースの総面積は約6%増加しているが、オーチャードでは2009年にアイオン・オーチャード、オーチャード・セントラル、313@サマセット、そして2014年にオーチャード・ゲートウェイがオープンして以降は大型商業施設が登場していないことから、この増加分の大半は郊外を中心に、オーチャード以外のエリアに開業した商業施設に属していると推測できる。また参考までに、例えば2009年にシンガポール市場に進出したユニクロは、現在当地で25店舗を展開しているが、オーチャードには2009年に出店したアイオン・オーチャード(シンガポール2号店)と313@サマセット(同3号店。2016年に隣接するオーチャード・セントラルにグローバル旗艦店が開店したことに伴い閉店)、そして2012年に出店したプラザ・シンガプーラ(同8号店)の3店舗のみと、進出当初こそはオーチャードへの集中的な出店が目立ったものの、残りの22店舗は郊外のショッピングモールを含む島内各地に点在している。

 

 

また実店舗からネット小売へのシフトは世界的に加速している小売業界のメガトレンドと言えるが、シンガポールではアパレルやフットウエアのカテゴリがネット小売市場で占める割合が日本に比べても高く、海外からオンラインで購入する購買行動も珍しくない。そのせいもあってか、ファッション関連の店舗が集積し、また賃料も割高なオーチャードエリアにおける小売スペースの空室率は、市中心部以外のエリアに比べて高い傾向にある。

 

その他にも、2010年の開業後もテナントの入れ替えなどで集客アップに余念がないマリーナベイ・サンズの存在や、シンガポール居住者による航空便利用の海外渡航が2010年から2016年の間には38%も増加したことに伴って海外で物品を購入する機会が増えたことなど、消費者の選択肢の多様化がオーチャードに与えている影響は想像に難くない。

 

ホコ天と地場産品振興が現施策の中心
抜本的な変革なくして真の再生はなし

さて、オーチャードでは前述した「青写真」の策定を待たずして、既にさまざまな施策が導入されている。

 

昨年12月16日から今年1月28日までは、オーチャード通りとケーンヒル通りの交差点に「渋谷スタイル」のスクランブル交差点を試験的に導入しており、歩行環境の改善が見られた場合には他の交差点にも広げる計画だという。例えば、アイオン・オーチャードから向かいのタングスやウィーロック・プレイス、ショー・ハウスといった商業施設に行く際は地下道を経由しなければならず、また、例えばニー・アン・シティ(高島屋)に比べてラッキー・プラザ前の歩道は狭小であるなど、car-lite(脱クルマ)社会の実現を目指すシンガポールにしてオーチャード周辺の歩行者や自転車の利用者に対する動線・空間の設計には、改善の必要性を認めざるを得ない。

また今年7月からは喫煙規制が強化され、環境庁が指定する一部の屋外喫煙スペースを除いてオーチャードは全面禁煙となる予定である。これらの施策によって歩行環境が部分的に改善されることは見込まれるものの、それだけで客足が大きく伸びるとは考えにくく、ましてや購買増につながることなど望むべくもない。

 

さらに歩行環境の改善の一環として、昨年12月9日から30日まで313@サマセットの裏手の駐車場が開放され、政府観光局のサポートも受けた地元の新興企業が運営するストリートマーケットに、シンガポール発のユニークな商品を提供する飲食や小売の露店が軒を連ねた。この地場デザインや特産品の販売促進は、オーチャードが再生を図る上で一つの起爆剤として目されているいるふしがあり、今年末までには地場ブランドやデザイナーの発信・販売拠点となる新施設「デザイン・オーチャード」が開業する予定である。この施設内で地場の小売企業「Naiise(ナイーズ)」が受託運営する店舗では、少なくとも60以上のシンガポール系ブランドのファッションやライフスタイル商品が販売される予定であり、国際的な巨大ブランドが立ち並ぶオーチャードに新たな客層を呼び込む試金石として注目される。しかしながらこの種の店舗は、消費者が来店しても商品を眺めて終わる「ショールーム」と化する傾向が強く、また実際にNaiiseはオンライン店舗も展開していることから、実店舗に大きな売上は期待できないとみる。

 

コンセプトに則る「ソフト」の刷新を
改善は消費者を熟知する民間主導で

再生が待ったなしのオーチャードであるが、既に導入が進む施策を通してその本質的な課題と真の再生に向けたヒントを2点ほど述べたい。

 

1つ目は、歩行環境など「ハード」の改善だけでは不十分で、言うまでもなく「ソフト」の改善が必要であること。すなわちオーチャードの商業施設間のテナントミックス(業種業態)および各施設や店舗のマーチャンダイジング(商品政策)が最適となるように、異なるディベロッパーが横断的に現状を見直した上で手を打っていく必要がある。その一環として、平日はテナントの半数近くがシャッターを下ろすオーチャード・プラザやミッドポイント・オーチャードなど築年数の長い商業施設や、パラゴンとザ・センターポイントに2店舗を構える美羅(メトロ)やオーチャード・ポイントに入居するOGといった、品揃えがオーチャードの主要客層とみる地元の若年層や観光客に合っているとは言い難い地場の老舗百貨店は、再開発の検討が避けて通れないとみる。

 

さらにその前提として、「オーチャードのコンセプト」を再定義の上で発信していくことが必要になる。シンガポールとほぼ同じ面積の東京23区には数多くの商業エリアがあるが、例えば銀座は「高級感」や「大人向け」、渋谷は「活気」や「若者向け」、表参道は「おしゃれ」や「流行の先端」という街のイメージを活かした「ソフト」の展開や集客をしている。観光客に「高級ブランド」を訴求するマリーナベイ・サンズや、「個性的」な店舗に地元の若者が集まるティオンバルなどと比べた際に、オーチャードがいかにして差別化された街のイメージを発信していくのか、非常に重要なテーマである。

 

2つ目は、官製ではなくディベロッパーなどの民間企業が主導する形でオーチャードを活性化させていく必要があるということ。例えば前述の「デザイン・オーチャード」は、政府観光局、JTCコーポレーション(商業地区の開発などを管轄)、スプリング・シンガポール(規格・生産性・革新庁)という通商産業省が管轄する3つの法定機関の共同プロジェクトであるが、オーチャードの一等地に無名の地場製品をあてがう施策は、単にローカルデザイナーやブランドの普及促進を通して新たな文化振興を図りたいだけの政府の意向に見えなくもない。

 

オーチャード再生の鍵は渋谷に
民間主導で「百年に一度の大改造」

試験的導入が進むスクランブル交差点であるが、その見本が位置する東京・渋谷は、民間企業が主導する「百年に一度の大改造」とも呼ばれる大規模な再開発で変貌を遂げている。1950年代以降に戦後の復興として東京急行電鉄が中心となって都市整備が進められた渋谷は、最先端の若者文化や流行の発信のみならず、IT系のクリエイティブな産業を生み出す素地も兼ね備えており、2019年には米グーグルが日本法人本社を移転することも決まっている。また都市型観光拠点としての機能向上も図るべく、東急主導で複数の再開発事業が進行しており、完了予定の2027年までには「世界一、訪れたい街として渋谷が認知されるようなエンターテインメント都市」の誕生が期待される。

 

このように、明確な街のコンセプトを掲げて民間主導で再開発が進む渋谷には、形だけのスクランブル交差点のみならず、オーチャードが再生に向けて参考にすべき要素が豊富に含まれている。その名前の由来となる「果樹園」のごとく再び大きく花開くことができるのか、オーチャードの今後の動向に注目をしていきたい。